王子様とブーランジェール
急に何を言い出すんだ。
その一言に、イラッとさせられる。
こいつは…俺がボコボコにされる前提か!
見くびられたもんだな?あぁ?
それに、また…また?!って、何だ
ここ近年、そんなにボコボコにされたこと…。
『やめてっ!やめて、お願いです!先生っ!』
『夏輝が死んじゃう!先生ぇーっ!』
…あぁ、あるのか。
桃李の中では、あの時の記憶がまだ残っているのかもしれない。
俺がボコボコにされた記憶なんざ、忘れてほしい限りなんだけど…。
だが、桃李は構わず俺の腕を掴んだまま離さず、今度は自分の方へと引っ張り出した。
桃李の力は弱いからびくともしない。
「…な、夏輝、帰ろう?」
「は?帰る?…何でだよ!」
「そんなことやめようよ?帰ってうちでパン食べよう?ね?」
「ね?って…」
「焼きたて食べさせてあげるよ?ね?ね?」
パンは食いたいけど…。
なぜ、桃李が急にこんなことを言い出すのか。
なぜ、俺を制止しようとするのか。
わからない。
ましてや、俺のやることに口を出すなんて。
まさに、困惑状態。
でも、ここまで来て引き下がるワケにはいかない。
「…桃李、おまえは帰れ」
俺が原因で、起こった事件。
いろんな奴らが動いてるし、俺だって殺す気十分なんだ。
「夏輝は?夏輝は帰らないの?!」
「帰らない」
「何でー!」
途端に、桃李の目が更にウルッとし始めた。
ヤバい。泣きそうだ。
簡単に泣きそうになるな!
その泣きそうな顔に、少し戸惑ってしまうと更に腕を引っ張られる。
「だめ!だめだめ!…行かせないっ!」
「何でだ!おまえもしつこいな!」
「…傷つかないで…」
「え?」
急に勢いが弱くなったので、拍子抜けさせられる。
「もう、痛い思いとか…傷つかないで…」
…あぁ、そうか。
やっぱり、桃李はまだ覚えているんだ。
あの時のことを。まだはっきりと。
俺が先生にボコボコにされたことを…。
桃李の中では、俺はあの時のままか…。
ボコボコにやられて、傷ついて。
不登校になり、部屋に引きこもった。
あの時の俺のまま。
…じゃない。
今は違う。
「…桃李。俺は、帰らねえぞ」