王子様とブーランジェール
無言で俺の顔を見上げているその目は、もう涙がこぼれる寸前だ。
何かを言いたげではあるが。
…だけど、一言言いたいのは、俺の方で。
「…桃李」
「…なに」
「例え、傷付いたって大したことない。俺は大丈夫だから」
「な、何でぇ…」
…あの時の俺は、ああだったかもしれないけど。
おまえの前で、カッコ悪いところを見せてしまったかもしれないけど。
今は違う。
これでも、強くなろうと、足掻いて藻掻いて突っ走ってきたつもりなんだ。
守りたいものを、自分の手で守れるように。
「…死ぬこと以外は擦り傷だ。そんなにヤワじゃねえよ。もう」
だから、もう。
おまえの前でだけは、負けるつもりはない。
絶対に。
「もおぉぉ…」
…痛い。
桃李の手は、一層力が入っている。
掴んでいる腕に爪を立ててきやがった。
少しチクッときた。このヤロー。
「夏輝のばかぁぁ…」
すでに涙声のヤツは、腕を掴んだままゆっくりとうつむいた。
ガックリきている。
…ちっ。何でだよ。
何でそんなにガッカリしてんだよ。
まるで俺が悪者みたいに。
それに、バカって言ったな。バカ?
バカにバカと言われたくない。
い、いや。ばかーって、かわいいからいいか。
だけど…その行動は全部俺のためのものか?
俺のために、必死になってんの?
と、思うと。
ちょっと照れくさかったりして。
そう思ってしまうと、こんな状況にも関わらず…胸が高鳴ってしまった。
…いいのか?
勘違いするぞ?
(………)
腕にしがみついたままの桃李を連れて、教室に引き返す。
中に入ると同時に、教室のドアを勢いよくバシン!と閉めてやった。
「…え?何?…あぁっ!」
しがみつかれた腕を勢いよく払ってやる。
桃李のマヌケな声が聞こえるが、そんなの構わずに、背中に手を回して自分の胸の真ん中にグッと引き寄せた。
少し乱暴に引き寄せたせいか、軽くドンと音をさせてしまう。
「…ぎゃっ!」
…相変わらず汚い悲鳴だな。
でも、そんなの構わずに、背中に回した両腕にそのままギュッと力を入れて抱き締める。
自分の胸の中に、うずめるように。
「やややや…やー!ち、ちょっとー!」
抱き締められた俺の腕の中で、ヤツは何やら必死に藻掻いているようだが。
そんなの知らない。逃がさない。