王子様とブーランジェール




「おまえ、黒沢さんは?」

立ち止まって振り返る。

すでにメガホンを手にしている桃李は、俺の後ろを着いてきていた。

「え、え、え…あ、そろそろ着くって…」

「あーそう」



その時、ふと目に入る。



「…あれ。おまえ、デコのガーゼはずしたの?」



前髪の下からチラチラと見えていた、昨日まであったはずの白いガーゼが消えている。

「あ、あ、あ、うん。な、治った」

「マジか。どんなんなってる?」

傷はキレイに治りそうなのか。

そう思って、何気無く桃李の前髪に手をかける。



「…ひゃあぁぁっ!」



汚い悲鳴をあげながら、顔を逸らされて一気に後退りされた。

ものすごい形相になっており、手をバタバタと払われる。



え…。



逃げられた?

い、嫌がられた?!

まるでバイ菌に触られたかのように!



かなりの勢いでグサッときた。



おもいっきり逃げられた。嫌がられた。

昨日の帰りといい。

なぜそんなに…!



「…おまええぇぇっ!」



ショック反面、イラッとしてしまい、一度離された距離を詰めるかのように、ずかずかと桃李に詰め寄る。

怒りの形相だったのか、桃李は「ひぃっ!」と悲鳴をあげて涙目になって更に後退りしていた。

そんなにビビらなくても…。

だが、怒りは止められず。



「おまえ、昨日といい、何でそんなに俺から逃げるんだよ!俺の手そんなに汚くねえよ!このバカ!」



好きな女子に、逃げられるとかバイ菌扱いされるとか!

ショック過ぎて頭にくる。

その怒りをぶつけてしまった。



俺に怒りをぶつけられ、あわあわと挙動不審になっている。

だが、ヤツからいつもの『ごめんなさいぃっ!』は、無く。



「な、な、夏輝が悪いんでしょ…」

「は…はぁっ?!」



俺が…悪い?!

な、何でだ!



「お、俺が悪い?!…バイ菌扱いすんな!手はちゃんと洗っとるわ!」

「き、キスしてくるから、わ、悪いんでしょ…」

「…え?」



目の前にいる桃李は、涙目でブルブルと震えているが。

顔が真っ赤になっている。



「…な、夏輝が…おでこにキスしてくるから、わ、悪いんでしょ!」



そう言って、持っていたメガホンで俺をポカポカと二発叩く。

「…ばか!ばか!」

「なっ!…ちょっと!」

ちょうどそこへ、後ろから「桃李ー!」と、黒沢さんの声がした。

「り、りみちゃん!」

桃李はそこから逃げるようにダッシュして、あっという間に目の前から立ち去る。

あ、逃げた…!




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