王子様とブーランジェール
高瀬にぐいっと引っ張られて、一気にその姿を現す。
いたずらな笑い顔のまま、登場した。
姿を現しても「うひひ…」と笑い続けている。
余程ツボにハマったんだろうか。
やはり、この人だったか。
高瀬だったら、どうしようかと思った。
腹の底からため息が出る。
姿を現したのは、予想通り。
直属の上司だった。
「え?…蜂谷センパイ?」
女子の一人が、驚いて声をあげる。
…そりゃ、俺も驚いたよ。
何で、ここでこの人なのか。
どこをどうしたら、この人に繋がるのか。
でも、逆に、この人だった…ということを前提に経過を辿れば、全てが繋がるワケで。
またしても突然姿を現したゲストに。
誰もが絶句している。
しかし、この女は…。
「ふっ…うふふっ…あははは!何それ!何それ!」
この静まり返った教室内で一人、笑い声をあげている。
笑い声がただ、響いていた。
「やだぁー?…誰が登場するのかと思いきや、隣のクラスの蜂谷くん?…うふふっ。なに何の関係もない人が登場してんのー?…笑えるー!」
一人で腹を抱えて、笑い転げている。
だが、それを見守るかのように、ギャラリーは静かに絶句し続けていた。
誰一人、何も口を開かず。
笑い転げる嵐さんを、哀れな目で見守っている。
…みんな察しがついているんだろうな。
と、思っていたら、女子たちがこそこそと呟いている。
「…そういや去年、藤ノ宮に言い寄っていたのって、蜂谷さんじゃなかった…?」
「そうだ…私も聞いたことある。結構噂になってたもんね…」
「って、ことはつまり、そういうこと?」
「嘘でしょ…?な、何で蜂谷くん?!」
この一連の騒動は、嵐さんの個人的な感情が動いていて。
しかも、それが蜂谷さんが絡んでいたということ。
…だって、桃李の絡んできた男の話の中に、やたらと蜂谷さんの名前と情報が出てきた。
もし、それが嵐さんの吹き込んだネタだとしたら…俺の、というよりも、蜂谷さんの傍に桃李がうろついているのを嫉妬したと思われても不自然ではない。
しかし、なぜ。
ここにいる誰もがそう思ってんだろうな。
なぜ、蜂谷さんなのか。
その理由は、誰かが明かしてくれないとわからない。
本人が笑って誤魔化そうとするぐらい、俺をダシにするぐらい、奥底に閉まっておいたことなんだと思う。