王子様とブーランジェール
「ちょっと…何やってんのよ!」
蜂谷さんの背後から、嵐さんは急に喚き出す。
桃李に対して頭を下げている蜂谷さんを見るその表情は、怒っているのだけど…どこか切なそうな、泣きそうな。
しかし、蜂谷さんは取り合わずに、頭を下げたままでいた。
「美央の前で桃りんにあんなことしなきゃ…俺のせいで美央がすまん!ごめん!」
「…誰が謝れって頼んだのよ!やめてよ!」
「すまん!」
「やめてって!」
嵐さんの制止も構わず、謝罪の言葉を口にし続ける蜂谷さん。
後ろで喚いていた嵐さんだったが…次第に顔が歪んでいくのがわかった。
自分のやらかしたことに、原因となった想っている男が代わりに謝罪する。
自分は謝らずに意地張ってんのに…これほど惨めなことはないよな。
その証拠に、顔を更に歪ませていた。
「バカみたい…」
そう呟くと、狭山が「はぁ?」と返す。
「何が『バカみたい』だ?あぁ?」
狭山の横やりに、嵐さんは反論はせず睨みで返す。
狭山は鼻で笑ってから、一言返した。
「蜂谷は『自分のせいで嵐がイジメに走った』と、おまえの代わりに謝罪してんだよ!わからないのかこのバカめ!」
言葉にしてはっきり言ってしまった。
わかっちゃいるけど、この事実をはっきりと伝えるのは、酷だな。
このキングオブ悪者。
「…くっ…」
下唇を噛んで、ふるふると震えている。
「何よ、今更…何なのよ…」
鼻をすする音が聞こえた。
泣いて…。
「私のこと忘れてたくせに…今更、バカなんじゃないの!」
感情をとうとう吐き出した。
しかし、バカバカ言われても。
蜂谷さんは、頭を下げたまま黙っている。
…いや、上げられないのか。
「バカみたい…」
そう言いながら、彼女はゆっくりと俺達に背を向ける。
気持ち茫然としてるのか、フラフラとしながら、ゆっくり教室を出ていった。
再び「バカみたい…」と呟きながら。
そして、ゆっくりと立ち去ってしまい、やがて完全に姿を消してしまった。
教室内は、またしても静まり返ってしまう。
嵐さん…行ってしまった。
茫然自失で去っていった彼女を、誰も追いかけないのが、何だか可哀想な気がする。
いや、追いかけられない空気を漂わせていた。