王子様とブーランジェール
息が荒く落ち着かないまま、こっちにゆっくりと歩いて来るのは。
サッカー部の一年マネージャー、あゆりだった。
想定しなかった人物の登場に、思わず立ち止まったままでいてしまう。
「…おっ。誰かと思えば林妹。なんだなんだ。女子の数は間に合ってるっつーの」
大河原さんの何気ない一言にあゆりは反応したのか、先輩にも関わらずキッと睨み付ける。
「…大河原さん、飲酒は禁止ですよ。引退したとはいえ、未成年ですから。サッカー部はこれから大会控えてるんですよ?」
「おー。こわっ。坂下そっくりだな。本当は林の妹でなく坂下の妹なんじゃね?」
大河原さんは鼻であしらうように笑っているが…。
あゆり、なぜここに登場した?
まさか、俺がこれからどこに行くか知ってる…?
なぜ!
何の関係もないマネージャーにこの事を知られていることに、軽くショックを受ける。
ガーン…よりによって、マネに知られるとは…誰だ!密告したのは!
小部屋の住人のどれかだな?!…ちっ。
すると、あゆりは大河原さんに一言、言い放つ。
しかし、それはまたしても意表を突くもので…。
「…大河原さん、大変申し訳ないんですが…これから一年生だけで観楓会を行いますので、夏輝は合コン欠席でお願いします…」
そう言って、あゆりはペコリと頭を下げる。
…ん?何?
何?その予定。
観楓会…?
は?紅葉狩り?
き、聞いてねえし!
すると、続くように足音をパタパタと鳴らしてこっちにもう一人やってきた。
「大河原さん、お疲れさまでーす!」
何の悪びれもなく、スマイルで手を振って登場しやがった。
…そうか。こいつか。あゆりへの密告者は!
「おう。梶じゃねえか。かんぷう会?何だそれ」
「あははは。すみません。急遽決まったもんで、連絡が遅れちゃって。紅葉狩りはしませんよ?秋の親睦会ですわ。あはは」
…連絡?!
スマホを取り出して開く。
…ホントだ!
学年のグループLINEに…!
《サッカー部一年生観楓会のお知らせ》
《放課後、正面玄関口に集合!みんなでラウンドワン行きます!絶対参加!》
ボーリング…!
「…てなわけで、すみません大河原さん!合コンは十津川さんでも誘ってあげてくださいっ!…じゃ!」
「は?…あ、おいっ!」
そう言って、咲哉に手を引っ張られる。
あゆりには背中を押され。
大河原さんから逃れるように、靴箱に連れてかれた。
「…夏輝、行くぞ!」
「え、えぇっ?!」