王子様とブーランジェール



何でだろう。

あんなに挙動不審で、ダメでドジでイライラさせられるのに。

あんなことがあって、もう関わらないって決めたのに。



…それでも、頭から離れなくて。




《夏輝、部活終わったの?お疲れさま!》



一生懸命、パンを作っている姿に見惚れて。



《やたーっ!ありがとー!》



たまに見せてくれる笑顔が、嬉しくて。



《何で夏輝が謝るの…?私、大丈夫だよ?》



大切にされていたことに気付いて…でも、何であんなことを言わせてしまったのか、後悔してしまって。

もう関わらないとか言っておきながら、俺がいなくても何も変わらないという現実を知ると、だいぶ悲しくて。



…実は、この数日。

桃李と関わらなくても、平気で過ごしていたように思えたが。

一人になるとやっぱり、桃李のことばかりを考えてしまっていて。

あぁ、思い出したら、クロワッサンだって食べてない…。





もう、頭から離れない…。

無理だ…桃李以外の誰かなんて。





「…ごめん」





頭がヤツでいっぱいになってしまった中、自然と口から出てきたのは、その一言だった。



「………」



あゆりは黙ってこっちをじっと見ている。

何の返答もない沈黙が、ソワソワさせられる。



俺、今…『ごめん』って言っちゃったんだよな?

それは、つまり、告白断ったことに…。




「わかってる…」

「…ん?」

「わかってるよ!」



こっちを見据えたまま、言葉を突き付けられる。



え。わかってるって…。



「…そんなのわかってる。夏輝が神田さんをそう簡単に諦められないことぐらい」

「…え?は?」

「今のは、ただ言いたかっただけ。私の気持ちも…あるから」

そう言って、また「ふふっ」と笑う。



「…見ててわかっちゃったんだ。もう敵わないなって」



あゆりは笑ったまま、視線を下に落としていた。




「だって、神田さんがサッカー部に来た時…心ここにあらずだったでしょ?…ずっと気にして、ずっと見てるんだもん」

「…そうだったか?」

「最後の日、一緒に帰ってるの見ちゃったし」

最後の日…洗車していた時か。

朝、寝不足でブッ倒れたりとか大変だった日だ。

見られてたのか。




< 716 / 948 >

この作品をシェア

pagetop