王子様とブーランジェール


「…あと、他にもね。学祭の当日に、一緒に廊下歩いているのも見かけてた。…私とすれ違ったのに、気付かなかったでしょ?」

「え?…そうだっけ」

「二人見てたらさぁ?…何か声掛けられなくて。何だか、付け入る隙がない感じ。夏輝って、普段いる時と神田さんといる時の表情違うんだよね」

表情違う?

そんなつもりはないけど…。

「何て言うか…普段は余裕があって何にも動じない感じだけど、神田さんといる時は、余裕がないっていうか…彼女の方ばかり一生懸命見てる。構われたくて、一生懸命アピールしてる感じ」

「それ、何かカッコ悪くね?」

「…だから、敵わないって思ったの。本当に好きなんだなって。神田さんしか見えてないんだなって思っちゃった。敵わないって思った時点で、私の負け」




そこまで見られていただなんて、思いもしなかった。

あゆりが、そんな風に思っていただなんて。




「…あーあ。相手が夏輝だから、恋敵はいっぱいいるとは思っていたけど、夏輝を好きな私の気持ちは誰にも負けないって思ってた。でも…夏輝の気持ちには、勝てなかった…」

「ご、ごめん…」

「謝らないでよ!フラれるのはわかってたもん。だからさ…」



咳払いをひとつして、顔を上げる。



「…そんな簡単に諦めないで…」



何で、あゆりは。

こんなにも真っ直ぐに俺をずっと見つめていられるんだろうか。

その視線に、胸が痛い。



「…いつもの夏輝らしく、強気で押してってよ?そんなファン達に負けないでさ?これからは、マネージャーとして、仲間として夏輝のこと応援するよ?」

「あゆり…」

「…夏輝」

「ん?」

「…ありがとう」



そう言って、「ちょっとトイレ行ってくるね?」と、足早に俺から離れる。

しかし、顔を背けた時…見えてしまった。



あゆり、泣いて…。



「ちょっと…あゆり!」



追いかけようとすると、ちょうどそこにいた咲哉が視界に入る。

「…あゆり?」

一瞬、目が合ったが。

咲哉はあゆりの様子にも気付いたらしい。

俺を制止して「大丈夫」と言い残し、あゆりの後を追っていった。



咲哉に制止され、そこに立ち尽くすしかなくなってしまった。

そこで、茫然とする。



俺、泣かせて…。



…人って、何で。

惚れた晴れたがあるんだろう。

楽しい嬉しいこともあれば。

…こうやって、傷付くこともあって。




それでも、何で人ってヤツは。

誰かを好きになるんだろうか。



< 717 / 948 >

この作品をシェア

pagetop