王子様とブーランジェール
「…あと、他にもね。学祭の当日に、一緒に廊下歩いているのも見かけてた。…私とすれ違ったのに、気付かなかったでしょ?」
「え?…そうだっけ」
「二人見てたらさぁ?…何か声掛けられなくて。何だか、付け入る隙がない感じ。夏輝って、普段いる時と神田さんといる時の表情違うんだよね」
表情違う?
そんなつもりはないけど…。
「何て言うか…普段は余裕があって何にも動じない感じだけど、神田さんといる時は、余裕がないっていうか…彼女の方ばかり一生懸命見てる。構われたくて、一生懸命アピールしてる感じ」
「それ、何かカッコ悪くね?」
「…だから、敵わないって思ったの。本当に好きなんだなって。神田さんしか見えてないんだなって思っちゃった。敵わないって思った時点で、私の負け」
そこまで見られていただなんて、思いもしなかった。
あゆりが、そんな風に思っていただなんて。
「…あーあ。相手が夏輝だから、恋敵はいっぱいいるとは思っていたけど、夏輝を好きな私の気持ちは誰にも負けないって思ってた。でも…夏輝の気持ちには、勝てなかった…」
「ご、ごめん…」
「謝らないでよ!フラれるのはわかってたもん。だからさ…」
咳払いをひとつして、顔を上げる。
「…そんな簡単に諦めないで…」
何で、あゆりは。
こんなにも真っ直ぐに俺をずっと見つめていられるんだろうか。
その視線に、胸が痛い。
「…いつもの夏輝らしく、強気で押してってよ?そんなファン達に負けないでさ?これからは、マネージャーとして、仲間として夏輝のこと応援するよ?」
「あゆり…」
「…夏輝」
「ん?」
「…ありがとう」
そう言って、「ちょっとトイレ行ってくるね?」と、足早に俺から離れる。
しかし、顔を背けた時…見えてしまった。
あゆり、泣いて…。
「ちょっと…あゆり!」
追いかけようとすると、ちょうどそこにいた咲哉が視界に入る。
「…あゆり?」
一瞬、目が合ったが。
咲哉はあゆりの様子にも気付いたらしい。
俺を制止して「大丈夫」と言い残し、あゆりの後を追っていった。
咲哉に制止され、そこに立ち尽くすしかなくなってしまった。
そこで、茫然とする。
俺、泣かせて…。
…人って、何で。
惚れた晴れたがあるんだろう。
楽しい嬉しいこともあれば。
…こうやって、傷付くこともあって。
それでも、何で人ってヤツは。
誰かを好きになるんだろうか。