王子様とブーランジェール
咲哉の声のトーンが低くなったことに、またザワッとした。
「…え?」
ムカついてた、って…。
「…え?咲哉、その言い方まさか、あゆりのこと…」
「おまえさー。他人のことには鋭いんだな。そう。そうだよ。俺、ずっとあゆりが好きだった。いやいや。過去形じゃなく、今も好きだけど」
「えぇっ!」
「え?何驚いてんの」
「だ、だっておまえ、そんな話一度も…!」
「ま、驚くのも仕方ないか。高校のヤツには言ってねえもん。誰も知らないよ」
あ、そうなの…。
また俺だけが知らないのかと…ちょっと安心した。
「話すといろいろややこしいじゃん。俺はあゆりが好きで、そのあゆりは夏輝が好きで…って、部の中でそんな変な関係持ち込むのもな」
一転、グサッときた。
俺、咲哉に気を遣わせてたんだ…。
そんな躊躇せずに『好き』って言えるのに、誰にも話さなかっただなんて。
結構辛い思いしてたんじゃないのか?
何てったって、恋敵がいつも一緒にいる俺…。
「…あゆりが好きになったイケメンって、どんなヤツか。興味はあったよ。まあ、イケメンだから?どうせ気取った調子に乗ってるヤローだと思ってたんだけど?偶然、同じクラスにもなっちゃったしな?」
「…」
コーヒーをすすって、黙って話を聞く。
何だか、さっきから罪悪感ばかりだ。
「だけどさ?…全然違った」
そう言って、咲哉はまた笑う。
今度は遠くを見ているような。
「成績優秀、見た目も完璧。なのに、全然気取ってなくて、むしろよく気が付くし、男らしいし、俺達にすごい優しい。一緒にいると、すげえ楽しいし」
「…そりゃどうも」
俺も、咲哉といるのはすごく楽しい。
ノリも良くて、いじり甲斐あるし。
初対面で意気投合して、自然と一緒にいる感じで。
幼なじみの理人とは、また違う。
「…こりゃもう勝てないなって思った。だって完璧イケメンな上に、性格も良しだなんてな。手の打ち様がないじゃんか」
「…そんなこと」
ボソッと呟くと、咲哉はまた笑いだした。
「さすが、俺の好きになった女の好きなヤツ!ってまで思っちゃったよ。俺。でもさ…」
すると、はぁーっと長いため息をついた。
忙しいヤツだな。
「…俺、嫌なヤツなのよ」
「…は?」
「夏輝が神田のこと好きって知って『よっしゃー!』なんて思っちゃった。これで夏輝はあゆりに振り向かないって思ったら、不覚にも喜んじゃった。嫌なヤツ…」
そして、ガックリとうなだれていた。