王子様とブーランジェール
席に着くと、間もなく仙道先生が入ってきた。
「席に着いてくださーい。出欠とりまーす」だなんて、呑気に声を掛けている。
次の授業は、保健の授業か。体育の先生なのに、教室で授業とか違和感なんだけど。
だなんて思いながら、カバンの中から教科書を探す。
静かになった教室には、先生の声だけが響いていた。
「…あれ。神田は?神田どうした?」
先生のその呟きで、思わず顔を上げてしまう。
え?…桃李?
桃李の席に目をやると。
その席に本人にはおらず。
教科書どころか、カバンもなく。
何も置いていない、不在の状態だった。
…桃李?いない?
四時限目はいたはずなのに。
なぜ、いない?
「神田は?神田知らない?…あいつ、中抜け?」
先生の問いかけに、誰も返答せず。
仲良しの黒沢さんでさえ、「え?いない?どこ行ったの?」と、辺りをキョロキョロ見回している。
「早退?だとしたら行き違ったかな。サボり…あぁ、この授業単位少ないからサボるなと言うべきだったな…」
仙道先生、ぶつぶつ言ってる。
生徒一人、理由もわからずいないのに、やたらと冷静だ。
…桃李、問題児扱いされてるぞ。
先生から見たら桃李は問題児かもしれないけど…俺的にはだいぶ違和感があった。
桃李は、めちゃめちゃ遅刻をするが。
それは、パンを焼くために早朝に起きて二度寝してしまうから、寝坊してしまうのであって。
実は、授業を中抜けするような、度胸なんて持ち合わせていない。
体調が悪くなって、保健室にでもいるのか?
…いやいや。それなら、机周辺の荷物がないのはおかしい。
明らかに帰った、ということだろう。
どうした…?
せっかく、話をしようと意気込んでいたのに。
本人がいないって…。
どこに行った?何があった?
家に帰ったとか、近くで本当にサボってるとかなら全然いいんだけど。
胸騒ぎがするのは、気のせいだろうか。
そんな中、俺の席から少し離れた席で。
不機嫌な表情で、ため息をつくヤツが一人。
…理人だ。
そのうちプイッと窓の方に顔を背けていた。
理人…何か知ってるのか?
直感で、何となくそう思ってしまった。
「…まあ、授業をサボった神田には後でお叱りを入れるとして、授業始めまーす」
やれやれ。桃李、担任の授業をサボるとは。
後でお叱りをくらうぞ。
…授業終わったら、理人に聞いてみるか。