王子様とブーランジェール
フェンスの向こうの数メートル離れた場所にいる桃李に、スタンガンを渡せ!と何度も何度も促すが。
桃李は、よく分からない理由で一向に拒んでいる。
理人が横で「すげー。バイオレンス桃李だ」と、呟いていた。
煽るな。
バイオレンス…俺としては、桃李がそんなもの持ってる姿を見たくなかったよ…。
ちっ。何でだ。
ここまでバカだとは…。
…いや、思ってたけど。
桃李のバカさ加減に、多少ぐったりしていると。
そのスタンガンの凄まじい放電の音が、フッと消えた。
電池切れか?無駄に放電するんじゃない。
と、いうワケでもなく。
桃李が自分で電源を切ったようだった。
ようやく切ったか。はぁ…。
すると、桃李がこっちを見て何かを言いたそうに口をパクパクさせている。
なかなか言葉が出てこない様子だ。
だが。
「さ、さ、さるぼぼちゃん!あ、あのねっ」
「…え?」
「…あ、間違えた。な、夏輝!あのねっ!」
えぇっ!
俺の名前、間違えた?!
ビックリしたぞ?
今、さるぼぼちゃん!って…?!
さるぼぼ…咲哉?
笑神降りてきてんの?!
間違いとはいえ、さるぼぼちゃん!と呼ばれて何か複雑。
しかし、桃李はそんな自分の失敗はすでに忘れているようで。
スタンガンを下ろしたまま、話を始めた。
「…こ、これを持ってたら、私、もうイジメられないんだよ」
「………」
桃李はそう言うが、俺は…そこは突っぱねたい心情だ。
…そんなモノを持っていようが、いまいが。
おまえをもう、あんな目に合わせたりはしない。
もう、二度と。
しかし、それを言葉に出す間もなく、桃李は何かを喋ろうと、口をパクパクさせている。
「…だ、だから。もう夏輝に迷惑かけない。かけなくて、す、済むんだよっ…」
迷惑?
「まだ、そんなこと言ってるのか?!それは…!」
「だ、だ、だから、関わらないとか言わないでっ…」
「おまえっ…」
「う、うちにもパンを食べに来てくれなきゃ嫌だっ…」
喋っているうちに感情が込み上げてきたのか。
桃李の顔は次第に歪んでおり、目から涙がボロボロと流れ落ちていた。
「………」
その姿に、言葉が出なくなってしまう。
理人の言っていた通り…俺は本当に桃李を傷付けていたのだということに、気付いてしまった。
桃李を守るために起こした行動が、かえって傷付けていたということを、悔やんでならない。
俺は、バカだな…。
バカだったよ。