王子様とブーランジェール
「………」
そんな状態なので、お互い沈黙となってしまい。
屋上と屋上の間には、しばしの静寂が訪れている。
頭が真っ白になってしまった今、俺の視界にはフェンス越しの向こうにいる桃李しかいない。
やばい。これ。どうしていいかわからなくなってる…。
すると、俺の視界にいる桃李が「…あっ!」と、我に返ったように声を上げる。
急にソワソワと挙動不審になり始めた。
「…あ、あのっ、な、夏輝…だ、だから!」
どこからかの話の続きなのか。
あたふたしながら、俺に向かって訴えかけている。
「…も、もう関わるなとか、言わないで…これからも、今まで通り、話して…くれる?」
「…え?」
「だめ?」
おどおどしながら、俺の様子を伺うようにこっちを見ている。
この時点で、我に返って現実に引き戻される。
「…だ、だ、だめ、じゃない…」
我に返っても、何となく頭がパニってる。
返事がしどろもどろとなってしまった。
「ほ、ほんと?!」
俺の拙い返事を耳にして、桃李の表情がパッと変わる。
嬉しそうなその笑顔…かわいいわ。
その笑顔に釘付けになりながら、ロボットのようにカクカクと不自然に頷く。
「じ、じゃあ。い、今まで通り、ウチにも来てくれる?パン、食べに来てくれる?」
「…い、行く。行く行く。行くって!」
「ほんと?!…よかったぁー」
ホッとしたのか、胸に手を当てて息を長く吐いている。
…手にはまだスタンガンがあるのが気になるが。
そして、えへへと笑っている。
俺の拙い簡単な返事で、笑顔を見せてくれている。
なんて、かわいいんだ。
…これから俺は、この笑顔を守っていかねばならない。
傷付けて、曇らせてはならない。
指にかけたままのフェンスを強く握る。
拳に、力を入れるように。
「…桃李、あの…」
意を決して、口を開く。
しかし、それに被せるように桃李は、自分の話の続きを進めていた。
「じゃあ明日、早速クロワッサン焼いてくるね?指、もう痛くなくなったから、今日から厨房に立っていいってお母さんに言われたんだー」
「あ、そう…」
「楽しみにしててね?…じゃあまた明日。したっけねー」
そう言って、桃李は手を振りながらフェンスを離れる。
スタンガンを手にしたまま、カバンを背負っていた。