王子様とブーランジェール
夏輝はそこにいるのに。
私の世界には、いない。
それは、想像以上のダメージだった。
今まで当たり前にいた人が、特別に心の中に棲んでいた人が急にいなくなったのだ。
ものすごく、寂しい。
それでも『夏輝がそう言ってるから…』と、我慢して関わらないように頑張ってきたけど。
いい加減、限界が近付いてきていた。
(寂しいよ…)
本当に、本当に嫌われちゃったのかな。
もう、話したくないぐらい、私のことを嫌になっちゃったのかな。
私の焼いたクロワッサン、もう食べてくれないのかな…。
そんなことを考えると、目頭が熱くなる。
じわっときてしまった。
今まで、ドジ踏んでは迷惑かけたり、散々怒らせてきた。
その件数は計り知れない。
本当は、嫌われても当然なのだ。
こんな下等民族の下僕ごとき。
…だけど、こんな下僕にも、夏輝は優しくしてくれる。
口は悪いけど、なんだかんだ優しい人なんだ。
それは、まるで神様のよう。
…あっ。いけない。
今、何をする時間だったっけ。
(………)
えーと…。
余計なことを考えてしまい、本来の目的を忘れてしまった。
また、頭をうーんと抱えて整理する。
…あ、夏輝に伝えることを考えてメモしている最中だった。
あ、要件だけ伝えるのは、ちょっと不自然だから、冒頭に挨拶文でもつけようかな。
原稿風に書いてみよう。
試行錯誤の上、夏輝へのお手紙原稿が出来上がった。
黙読してみる。
拝啓、竜堂夏輝様。
本日は、曇りだらけの白い白空ですが、大変お日柄もよろしく。
お元気でしょうか。
元気はないでしょうが、とりあえず私は狭山さんから相手を倒す機械を頂きましたので、今後イジメにあっても、相手を倒すことができます。
一瞬で相手が倒れるそうです。そのメカニズムはあまりよくわかりません。
でも、心配ないので大丈夫です。と、思います。
だから、元気に教室にお戻りくださいませ。
…これで、いいのかな?
『ダメじゃね?』と突っ込んでくれる人が誰もいないので、判断に困る。
松嶋でも連れてくればよかった…。
(………)
ま、いっか。
もう後には退けないよ。
とりあえず、これを暗記出来るよう練習しなきゃ。
そのお手紙原稿を読み上げようとしたが。
『………』
ここで、スラスラ読めたとしても。
本番、本人を目の前にしたら、ガチガチに緊張しちゃう…。
どうしよう。