王子様とブーランジェール



…そうだ。

そこに夏輝がいると思って、読み上げ練習すればいいんだ。

そこに夏輝に見立てた何かを置けば、万事解決。



今日の私は冴えてる。

いいものがあるんだ。



カバンに手を入れて、ごそごそと探す。

手探りでそれを見つける。

あったあった。




私が取り出したモノは、ピンクの手の平サイズのマスコット。

全身ピンクで顔のパーツがなく、のっぺらぼう。

黒い頭巾と金太郎さんみたいな前掛けをしていて、和柄のチョッキを羽織った人形。

前掛けにはデカデカと『飛騨』と書いてある。



これは、さるぼぼ人形ちゃん。

さるぼぼちゃん。



りみちゃんのおばあちゃんが飛騨というところに住んでおり、りみちゃんは夏休み遊びに行ったみたい。

そのお土産が、これ。さるぼぼちゃん。



『桃李にはピンクのさるぼぼ!恋愛運、縁結びの御守りなんだってー』



えっ。恋愛運。顔なしなのに。

縁結びという言葉にドキッとしてしまう。



『縁結びの御守りで、桃李もほら、竜堂くんと…』

『わわわわ!り、りみちゃん!』



ダメダメダメダメ。

りみちゃん、それはしーっ。

私みたいな下等民族下僕女が、キラキラグループの上流階級貴族の夏輝とだなんて。

お米が欲しい。

…あっ。間違えた。おこがましい。



『ちょっと…その下僕を自負するのやめて。何言ってんのよ…』



りみちゃんは呆れ顔だった。

もう。私が夏輝とだなんて、あり得ないよ。

こんなちんくしゃと王子様だよ?



『…ちんくしゃ?!…あんたそれ、女子を敵に回すわよ?』



えっ。やめて。それは嫌だ。

りみちゃん、恐いこと言わないで。



…あ、でも今は大丈夫か。相手を倒す機械があるから。

まあ、いいや。



そんな経緯でもらった、このさるぼぼちゃん。

ピンクで可愛いから持ち歩いている。

目鼻口ないの恐いけど。




そのさるぼぼちゃんを、石段に立て掛ける。

よし。

これを夏輝だと思って…。



『な、なななな…夏輝、ちゃん』



あ。不用意にちゃん付けしちゃった。

脳内で『夏輝』と『さるぼぼちゃん』が被ってしまった。

あわわ。気を付けないと。



『は、は、は、はいけい!さるぼぼちゃん!』



あ。今度はモロにさるぼぼちゃんって言っちゃった。

間違えちゃう。困った。

ダメダメ。そこにいるのは、さるぼぼちゃんだけど夏輝。

夏輝なんだけど、さるぼぼちゃん。

…あ、いやいや、さるぼぼちゃんだけど夏輝。



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