王子様とブーランジェール
女の子たちはうっとりしている。
それもそのはず。
さっきいた男子は、そこらの男子とは一際違う。
背も高くて、彼もまたオシャレで、髪、襟足長い。
何かこう…テレビの中のイケメンアイドルみたい。
そりゃ、女子たちは騒ぐ騒ぐ。
名前…なんだっけ。
まあ、いいか。
イケメンとモブ地味子には、接点がない。
私もイケメンには全く興味がない。
名前すら覚えられないのだから。
小学五年生でお付き合い?都会の子って進んでるね。ぐらいにしか思っていなかった。
しかし、そんなイケメンと接点を持つのは、転校してきてから2週間経った日のことだった。
『えー、今日は集団下校!…各自、町内会グループに別れて下校するように!』
放課後のホームルームで、先生がそう告げる。
集団下校って何?
前の小学校にはそんなものがなかった。
スクールバスという名のハイエースはあったけど。
だが、そんなことを気軽に聞けるほど、仲の良い人はまだいない。
『一区町内会は理科室、二区は家庭科室だぞー!』
私、何区?どこ?何をしたらいいの?
次々と教室から出ていくクラスメイトを見て、あたふたと挙動不審になっていた。
(どうしよう…)
パニックになると同時に、不安や寂しさでいっぱいになる。
嫌だ。嫌だ。
これだから、都会に引っ越ししたくなかった。
みんな恐いし、話しかけづらい。
意味のわからないことも多い。
車も多い。この間、跳ねられそうになったのに、逆に怒られた。
酔っぱらいのおじさんとか話し掛けてくるし。
人が多い。
帰りたい。
帯広に帰りたい…。
おじいちゃん、おばあちゃんに会いたい。
隣の優しい中田のおじさんにも、農協の向島さんにも。源田のおばあちゃんにも。
一個下の学校のお友達の陵誠くん、陽咲ちゃん。
みんなに会いたいよ…。
泣きそうになってしまう。
俯いていると、人の少なくなった教室に一人、男子が戻ってきた。
『…あ、いた。神田!』
名前を呼ばれてビクッとする。
私の名前、知ってる人いたの?
そこには、あの…女子たちが騒いでいるクラスのイケメンがいた。
名前、なんだっけ。
この人、私の名前…。
『は、は、はい…』
『確か、神田んち、商店街に新しく出来たパン屋さんとこだよな?』
『え、あ、はい…』
『商店街町内会はこっち。来いよ』
そう言って、彼は私に手招きをする。
何もわからないけど、来いよと言われたので着いていくことにした。