王子様とブーランジェール



『うわ。おっぱいでけえ』と呟いた理人の声を遮るように、秋緒は堂々と母の前に立ちはだかる。


『桃李さんのお母さん、こんにちは。私は桃李さんと仲良くさせて頂くことになりました、隣のクラスの竜堂秋緒です。今日はお近づきの印にパンを買いにきました』

そう言って、深々と頭を下げている。

『今、ゲロしゃぶヤローに財布を取りに行かせますので』

『金?…桃李の友達なら金はいらねえよ?初来店だから、ご馳走してやる!何でも食ってきな!』

仕草も話し方も豪快な母。

その突然のご招待に、みんなは『おぉー』と声を揃えている。

すると、母は『おっ』と声をあげた。何か思い付いたらしい。


『そうだ。みんな学校帰りなんだろ?ちょうど中も忙しくなってかきたから、一度家帰ってから一時間後にここに集合。うまいもん食わしてやるからな?』

すると、秋緒は母の豪快さに怯むことなく返答する。

『わかりました。その方が助かります。一時間後にまた来ます』



そうして、みんな一旦解散した。



『お、おかあさん…』

『桃李、今すぐ準備だ』

『…え、え?』

『昨日準備した生地あるだろ?朝にバター折り込んだやつ。今すぐ成形して焼け』

『え?え?クロワッサン?』

母の業務の傍ら、私もパン屋の娘ということで、製パンの指導を受けている。

今日、また母に指導を受けるために、昨日と今朝に生地を仕込んでいた。

『え、え?そんな急に』

『今まで何度も教えただろ?大丈夫だ。あのちびっこたちはおまえの初めてのお客さんだ。しっかりやれよ?』

『えぇーっ!』



…とは言えども。母には逆らえない。

やれと言われたらやるしかないのだ。



エプロンを付けて、厨房に入る。

母に言われた通り、生地をカットして一つずつ成形して天板に並べる。

温めておいたオープンへと投入した。



もう、お母さんってば、いつも突然。

突然のフリには大抵パニックになってしまう私だけど、パンについては別。

お母さんの唐突さにも慣れてるし。



でも、初めてのお客さん、かぁ…。



少しくすぐったくて、嬉しい気持ち。

そんな喜びを胸に抱えて、オーブンを覗く。

ぷーと膨らんでいる生地を見ると、なお幸せな気持ちになる。



よし、もう焼ける。



『よく来たねー!みんないらっしゃい!』



母の声が売り場の方から聞こえてきた。

みんな、来た。


< 775 / 948 >

この作品をシェア

pagetop