王子様とブーランジェール
『うわ。おっぱいでけえ』と呟いた理人の声を遮るように、秋緒は堂々と母の前に立ちはだかる。
『桃李さんのお母さん、こんにちは。私は桃李さんと仲良くさせて頂くことになりました、隣のクラスの竜堂秋緒です。今日はお近づきの印にパンを買いにきました』
そう言って、深々と頭を下げている。
『今、ゲロしゃぶヤローに財布を取りに行かせますので』
『金?…桃李の友達なら金はいらねえよ?初来店だから、ご馳走してやる!何でも食ってきな!』
仕草も話し方も豪快な母。
その突然のご招待に、みんなは『おぉー』と声を揃えている。
すると、母は『おっ』と声をあげた。何か思い付いたらしい。
『そうだ。みんな学校帰りなんだろ?ちょうど中も忙しくなってかきたから、一度家帰ってから一時間後にここに集合。うまいもん食わしてやるからな?』
すると、秋緒は母の豪快さに怯むことなく返答する。
『わかりました。その方が助かります。一時間後にまた来ます』
そうして、みんな一旦解散した。
『お、おかあさん…』
『桃李、今すぐ準備だ』
『…え、え?』
『昨日準備した生地あるだろ?朝にバター折り込んだやつ。今すぐ成形して焼け』
『え?え?クロワッサン?』
母の業務の傍ら、私もパン屋の娘ということで、製パンの指導を受けている。
今日、また母に指導を受けるために、昨日と今朝に生地を仕込んでいた。
『え、え?そんな急に』
『今まで何度も教えただろ?大丈夫だ。あのちびっこたちはおまえの初めてのお客さんだ。しっかりやれよ?』
『えぇーっ!』
…とは言えども。母には逆らえない。
やれと言われたらやるしかないのだ。
エプロンを付けて、厨房に入る。
母に言われた通り、生地をカットして一つずつ成形して天板に並べる。
温めておいたオープンへと投入した。
もう、お母さんってば、いつも突然。
突然のフリには大抵パニックになってしまう私だけど、パンについては別。
お母さんの唐突さにも慣れてるし。
でも、初めてのお客さん、かぁ…。
少しくすぐったくて、嬉しい気持ち。
そんな喜びを胸に抱えて、オーブンを覗く。
ぷーと膨らんでいる生地を見ると、なお幸せな気持ちになる。
よし、もう焼ける。
『よく来たねー!みんないらっしゃい!』
母の声が売り場の方から聞こえてきた。
みんな、来た。