王子様とブーランジェール



初めてのお客さん。


そのフレーズに、ドキドキと胸が高鳴りながらも、何だか楽しくなってきちゃった。

冷ますためにお皿の上に乗せている、焼きたてのクロワッサンを見ると、顔が歪む。

『焼けた?』

お母さんがいつの間にか後ろにいて、そのクロワッサンを凝視している。

仕上がりチェック。

『…まあ、70点。形があともう一息。生地は合格』

『はい』

それだけ言い残してお母さんは、せかせかとグラスを準備してジュースを注いでいる。

確かに。形、ちょっといびつかも。100点でようやくお店に出せるという基準らしい。

もう少し頑張ろう。



『桃李?準備できたー?早く持っておいで!』

お母さんが表のイートインスペースから叫んでいる。

『はーい』

返事をして、クロワッサンの乗った大皿を両手で持って運ぶ。

緊張してすごいドキドキしてるはずなのに、なぜか落ち着いていた。



『これ、私が焼いたのー。食べてー』



いつも緊張しいで、言葉がどもってしまう。

…はずなのに、この場では気持ちが落ち着いていて、余裕もあった。

テーブルの真ん中にクロワッサンをゆっくり置くと、みんなは『うわぁー!』と、声をあげている。

ちょっと嬉しい。



『これ、桃李が作ったのですか?』

傍にいた秋緒が見上げて私に問う。

『うん。生地は昨日仕込んだやつなの』

『…すごい。すごいです!』

『形もいびつでお店には出せないけど、うまくできたんだー。食べて食べて』

引っ込み思案の私、なぜか図々しくこんなセリフまで吐いてしまった。

みんな一斉に私の初めて提供するクロワッサンに手を伸ばしてくれる。

そして、口にしてくれた。



『うまっ…』



一番、そう最初に言ってくれたのは、意外にも。

あの米派のイケメンだった。



『うまっ…何これ。おまえが作ったんだよな?…おまえ、天才だよ!スーパーのパンよりうまい。うまいって!俺が今まで食べた中で一番うまいって!』



その時。

私の中では、味わったことのない高揚感が、体に染みていくのがわかった。



私の作ったパンを、美味しいって…!



『ホントだ。うまっ。もういっこ食いてえ』

『桃李ちゃん、美味しいよー!』

『食べ物の美味しさもわからない里桜に何がわかるんですか。しゃらくさい』

『…秋緒!里桜を徹底的にディスるな!』



みんなの喜ぶ顔を見て、私も自然と笑顔になる。



『え?ホント?美味しい?わぁーうれしい!』



こんなに嬉しいのは、久々かもしれない。



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