王子様とブーランジェール
すると、夏輝は『ちっ』と舌打ちする。
それが恐くて、またビクッとさせられる。
『…で?今井はさっさと帰ったワケ。こんなに遅くまでおまえを残して』
『ううん。今井くんは、塾あるから…私、一人で帰れるって言ったの…』
『一人で帰れる?!…不審者いるんだぞ!』
『ふ、不審者情報あるなんて聞いてないよ…?それに、不審者って可愛い子を狙うもんじゃ…』
私みたいなモブは、恐らく視界に入らない。
…と、言いたいところだが、夏輝に『…あぁ?』と睨まれてしまって、なにも言えなくなってしまった。
何で怒ってるの…。
『…不審者は常にそこら辺にいるもんなんだよ!…まあ、いい。俺が家まで送っていくから』
『うん…』
不審者は常にそこら辺にいるもんなんだって。
この人はどれだけ危機管理能力が高いのだろう。
でも、夏輝の迫力に押されて、結局家まで送ってもらうことになってしまった。
別にいいのに。
そんなワケで、一緒に歩き出す。
同時に、さりげなく私の右側に移動して歩き始めた。
車道側を歩いてくれている。
…こんな気遣い出来ちゃうから、モテモテなのもわかる。
『何か…おまえとこうして話すの、久しぶりのような気がする』
しばらくお互いに無言で歩いていたが、急にこう話し掛けられた。
私は首を傾げる。
昨日、また教室に来て『宿題やったのか!寝るな!』と、わざわざ小言を言いに来ていた。
忘れてるんだろうか。
『昨日喋ったしょ』
『…いや、そういう意味じゃなくて。中学入ったらクラス別れたし…』
『あ、そう。…あ、夏輝も学校にいたの?』
『…いや…俺はちょっと寄り道』
学校帰りに寄り道。新しい彼女の家にでも行ってたのかな。
『ふーん。さ、サッカーの練習休みなんだ』
『火木土日って言っただろ。今日は休み』
そんなこと言ってたっけ。忘れてた。
あまり興味のないことは、すぐに忘れてしまう。
夏輝は部活ではなく、クラブチームでサッカーをやっている。
少年団を卒団する際、あの凜くんと共に名門のクラブチームにスカウトされて、中学から入ったらしい。
中学校では帰宅部だ。
で、サッカー休みの日に、キックボクシングのジムに通ってるらしい。
サッカーでも、やっぱり凄い人。
完璧イケメン、やはりハイスペックだ。
私とは住んでいる世界が違う。
思春期で性格が尖ってしまっても、やはり神様のようだ。