王子様とブーランジェール



厨房に引き返して、先ほど焼いたクロワッサンを急いでお皿に乗せる。

急ぐ必要もないのに、バタバタと慌てて再び夏輝の前に姿を現した。

『おまえ、バタバタうるせえな…』

『ど、どうぞどうぞ』

大皿を夏輝の前に静かに置く。

いくつものクロワッサンを乗せた大皿を見て、夏輝は『おっ』と声をあげる。

『あー…いい匂い。いただきます』

長く、綺麗な指先が私の作ったクロワッサンを手に取り、あっという間に口に入る。

はにかんだその笑顔は、豪快に口を大きく開けていた。



『んふっ。…うまっ』



思わずこぼれた笑い声、なんか可愛い。

クロワッサンが美味しかったのか、次第に笑顔が弛んでいた。

その笑顔は、まるで子供みたい。



…笑顔になる度に、キラキラしている。

またしても無意識にドキドキしてしまう。

ホント、殺傷能力あるね。

夏輝を友達と思っている私でさえも、ドキドキしてしまうよ。

この笑顔で、いろんな女の子を虜にしてきたんだ。



ドキドキさせられる…。



『お、美味しい…ですか?』



意識とは裏腹に高鳴る胸を抑えるため、つい言葉を発してしまう。

そんな私を夏輝はチラッと横目で見た。



『…おまえの作ったパンは、美味いに決まってんだろーが』



そして、ニヒッと笑っていた。



胸が一段と、跳ねるように高鳴る。

や、ややや。もう。

そんな更に殺傷能力が増したスマイル…やめてやめて。



『…あ、あ、ありがとうございます!』



嬉しい。本っ当に、嬉しい。

私の作ったものを夏輝に美味しいと言ってもらえることが、こんなに嬉しいだなんて。

普段、小言で貶されているから褒めてもらうのはなお嬉しい。



目の前が、私の目に写るすべての光景がキラキラと輝いた。

何だか…幸せな気持ち。

えへへと思わず私もにやけてしまった。



しかし、調子に乗ってニヤケ続けていると、視線を送られていることに気付くのがやや遅れる。



『………』



あっ…。

夏輝がこっちを見ている。シラッとした目で。

まずい。調子に乗って笑ってんじゃねえよ!みたいに思ってるかも。

わわわわ…。

恐怖と恥ずかしさで俯いてしまう。



『…これ、全部食っていいの?』

『あ…どうぞ』



目を逸らしたまま、クロワッサンの乗ったお皿を夏輝の方へ押してずらす。

チラッと見えたけど、まだ見られてる。

すみませんでした。見ないで…。



『…桃李』

『は、は、はい…』

『あのさぁ…』



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