王子様とブーランジェール



二人がいなくなった店内は、あっという間に静かになった。



(掃除、しなきゃ…)



ホウキを持って、椅子を避けて掃き掃除を始める。

中腰になってテーブルの下を掃く。



(………)



無言で黙々と掃き掃除をする中。

なぜか、先ほどのことが頭の中でリプレイされる。



夏輝と里桜ちゃん。

二人、隣に座って。体を近付けて、仲良く話していて。

里桜ちゃんはニコニコずっと笑顔で。

夏輝も、たまにあの笑顔で笑っていて。



ホント…お似合いだった。



でも、何故か。

そう告げたことを、少しばかりか後悔している。



(………)



何だろう。この胸のもやもやは。

あの二人の仲睦まじい様子を見ていると、複雑だった。

何でだろう。

昔は、みんなで仲良く遊んでいたのに。

今のあの二人は、友達というよりも、男女だ。

…そこが寂しかったんだろうか。



だけど…ただそんなことで、こんなに、胸がもやもやとするだろうか。

それは、不快といった感覚に近い。

何で、こんな気持ちになるんだろう…。



その複雑の正体は、わからなかった。







それから、数日経ってのこと。

暦はもう7月になる。



なんと…あの夏輝と里桜ちゃんが、付き合い始めたという話が耳に入ったのである。



学校でもその話をクラスの人から聞き、二人の話は一気に学校に浸透する。

それだけではなく、私のところには里桜ちゃんからの直接報告があった。



『桃李ちゃん聞いてー!夏輝くん、里桜をカノジョにしてくれたのー!』

『あ、そうなんだ…よかったね』

『うん、よかったー!でね、この間、学校行くのに家に迎えに来てくれるのー!』

それは知ってる。昨日、二人が手を繋いで登校してるのを後ろから見てた。

『でね、でね?チューも毎日してくれるのー!夏輝くんのチュー、超とろけるー!』

『…あ、そう…』



目的達成したから、うちには来なくなるのかと思いきや。

今度は、夏輝とのノロケ話を誰かに聞いてもらいたかったらしい。

夏輝がクラブチームの練習で忙しい時、里桜ちゃんは私のところにやってくる。

そして、こんな話を延々と私に聞かせる。ちなみに夏輝の話しかしないし、私の話は一切聞かない。



『こないだのチューはね、朝玄関でしたの!お母さんに見られるかと思って、ヒヤヒヤしたー!』

『…あ、そう』



相づちしかしないのも、疲れる。



しかし、疲れるのはそれだけではなく。

あの時から感じている胸の中のもやもやが、徐々に大きくなっている。

それは、私の気力を奪うかのように。



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