王子様とブーランジェール
時間にルーズで、身の回りもルーズ。
頭は天パでボサボサで、ライオンの鬣のようだし、眼鏡は何かとすぐずれる。
身だしなみもルーズの地味さたっぷり。
制服のサイズも、体より一回り以上大きいサイズを着ており、それが一層ルーズ感を醸し出している。
化粧っ気のひとつもなし。
落ち着きが無くて、すぐにパニックになりゃ慌てふためき、喋りもどもる。
で、すぐに泣きそうになる。
一人じゃ何も出来ない。一人にしておくと、一抹の不安がある。
はっきり言って、ダメなドジ女。
そんな神田桃李とは、彼女が転校してきた小学五年生からの付き合い。
これまでに、数々のダメっぷり、ドジっぷりを俺は見てきた。
本っ当に、参る。
とりあえず、身の回りはきちんとしておきたい俺にとっては、信じられない人種だ。
見ていると、さっきのようにイライラしてしまうことも、しばしば。
(………)
パンを焼くのは、上手なのにな。
桃李の家は、パン屋で。
この学校からも近い場所にある商店街の一角に店を構えている。
俺の家からも近くて、登下校の際には必ず店の前を通りすぎる。
その店の名は『パンダフル』。
桃李の父と母で経営している。
桃李はそのパンダフルの一人娘で。
こっちに転校してきた時には、もうパン作りを始めていた。
転校生と新しいパン屋さんが物珍しかった小学生の俺達。
理人や秋緒、幼なじみ仲間を連れて、パンダフルに押し掛けたことがあった。
『よく来たねー!みんないらっしゃい!』
出迎えてくれた桃李の母親に、店内のイートインスペースへと案内される。
小学生五人、椅子に座らされた。
『桃李?準備できたー?早く持っておいで!』
桃李の母親は、俺達にジュースを出しながら、厨房の奥に向かって叫ぶ。
『はーい』とかすかに返事は聞こえた。
そして、現れたのは、エプロン姿の桃李。
両手で持っていた大きな皿の上には、大量のクロワッサンが。
桃李の出現と同時に甘いこんがりと香ばしい香りが漂っていた。
『これ、私が焼いたのー。食べてー』
テーブルの真ん中に置かれるクロワッサン。
俺達は『うわぁー!』と、一斉に感嘆の声をあげた。
すごい。すごいぞ。
俺達と同じ年の小学生がこれを作ったのか?
『形もいびつでお店には出せないけど、うまくできたんだー。食べて食べて』
一斉に、みんな皿の上のパンに手を出す。
もちろん、俺も。
焼きたてのアツアツのクロワッサン。
口に入れると、パリッと音がした。
熱くて、一瞬ピリッときたが、絶妙に甘くて。
噛むと、あの焼きたての香りが今度は口に広がって。
「うまっ…」
思わず、素直な感想が出た。
『え?ホント?美味しい?わぁーうれしい!』
すると、彼女も素直に喜んで、笑顔になって。
俺は、クロワッサンと彼女。
両方の虜となった。