王子様とブーランジェール
トレイをテーブルの上に置いて、門脇さんの前に水割りを置くと、門脇さんはご機嫌に隣の空いた椅子を私に勧めてくる。
『いえいえ、私は仕事がありますからっ。す、すみません、ありがとうございます』
みんな仕事をしているのに、私だけ座ってるワケにはいかない。
そう思って、頭を下げながらその場を離れる。
『桃李』
夏輝の横を通り過ぎようとした時、呼び止められて足を止める。
『ん?』
振り返ると同時に、夏輝は私のエプロンのポケットに手を入れていた。
中がカサッと音がする。
『な、何?』
ポケットを覗くと、中には白い紙袋が。手の平に収まるサイズだ。
夏輝は目を合わせずに、焼きイカを食べている。
その横顔は日焼けで小麦色になっていた。
久しぶりに見たからだろうか、何かまた大人になったなぁ。
『大会で岡山に行ってきたからおみやげ』
『あ、ありがと』
『忙しいから後で見ろ。お…』
『あ、いた!夏輝くーん!』
と、夏輝が何かを言い掛けた時、またしてもあのテンション高めの高い声が背後から響いた。
後ろを振り返ると…やはり、里桜ちゃんだった。
水色の浴衣を着ており、髪も巻いてアップにして花飾りをつけて綺麗にしている。
背も高くてスタイルいいから、可愛くて似合う。
里桜ちゃんは、一目散に夏輝の隣の空き椅子に座る。
椅子をずらして夏輝に近寄った。
『もぉー!どこ行ってたのぉー?大会でしばらく会ってなかったんだから、一緒にいてよー!』
『門脇部長に大会の結果報告してたんだっつーの』
『じゃあ、里桜も門さんと話するー!門さんこんばんはー!』
そんなテーブルを横目に、その場を去ろうとすると、すかさず『…あ、桃李ちゃん?』と声を掛けられる。
顔を合わせるのは、あの時以来でちょっと気まずい。
逃げようと思ったのに。
『桃李ちゃん、久しぶり?ねえこれ見て見て!』
里桜ちゃんは、早速スマホに付いているストラップを私に見せてくる。
きび団子をもった猫のキャラクターのストラップだ。
『夏輝くんから岡山のおみやげもらったの!いいでしょー?キテーちゃんかわいいしょー?』
『あ、うん。よかったね…』
『…あ、里桜も何か食べたいー!桃李ちゃん、お手伝いしてるんでしょ?コーラとフライドポテトちょうだいー!』
そう言って、里桜ちゃんは300円を私に渡してきた。
『あ、うん。わかった。持ってくるね』