王子様とブーランジェール
『…お、そういや神田、ぶつかったの大丈夫だったの?』
その男子…あ、『慎吾』という名前で思い出した。
松嶋だ。松嶋慎吾くん。
彼、松嶋くんは思い出したように、私に問い掛ける。
私が答える前に、律子さんが答えた。
『さっきので耳のところ切れたけど、サビオ貼ったから大丈夫だよ?ごめんね?』
『…いやいやそうじゃなくて、律子。…神田、教室でも衝突事故ドーン!って、やってたんだぞ?…あの嵐さんと』
教室でもって…あぁ。
松嶋くん、見てたんだ。
さっきのぶつかったの…。
しかし、律子さんの顔色が変わる。
『…は?…嵐?…何で一年の教室にいるの?』
眉間にシワを寄せて、イラッとしたような…。
さっきの人…夏輝の新しい彼女のこと、知ってるのかな。
『…何かよ?…竜堂目当てみたいだぜー?堂々と教室に入ってきた』
『竜堂?…あ、あぁ。あの《星天高校の新しい王子様》?…早速嵐が群がってったワケ?』
『そーみたい。どうやら竜堂はハメ酒されたみたいだぜー?』
はめざけ、何それ?
『へぇー?…ま、嵐の手に落ちるなんて、たいした男じゃないでしょ?チャラ男ってとこ?お似合いじゃない』
(お似合い…)
そんな良い意味で言ったことじゃないのは、わかってるけど。
胸がズキッとする。
王子様の隣には、綺麗なお姫様。
さっきのことを思い出すと、また、胸が苦しくなって、泣きそうになってしまった。
『…で、さっき神田と嵐さんがぶつかってよ?「竜堂くぅーん、痛いぃー」なんて、甘えた声出してたぜ?で、その後二人揃って神田に「謝れ!」なんて、怒鳴り散らして詰めよって…神田、可哀想だなーって思ってたんだけど』
『な、な、何ですって!嵐のくせに!』
そして、律子さんは私の方にくるっと振り向く。
『こんな愛くるしい可愛い子に何てことを、嵐のヤツ!…ねえ、神田さん、大丈夫だった?可哀想に、ね?許せない!』
『わ、私…帰ります…』
『か、神田さん…?』
また、涙がホロホロと出てきてしまった。
BGMのように予鈴が鳴っている。
涙を拭って、頭を下げる。
『き、き、気遣ってくれて、あ、ありがとうございました…』
『…あ、ちょっと!』
そうして、二人を置いて教室を飛び出す。
涙を拭いながら、さっきの教室へと足を向けた。
…これが、私の第二のターニングポイントとなる、律子さんと松嶋との出会い。