王子様とブーランジェール
そんな事もあったけど、この日はいろんな事があった。
突然、ヤン…恐い女子生徒が押し掛けてきて、拉致されたかと思えば、うちのパンが食べたい、インスタ映えする写真を取りたいと要請され。
お客様である彼女らから、何が食べたいかとか、好みを聞いたりと、張り切ってプランを立ててしまった。
5時頃に帰宅して、明日に向けて早速準備に取り掛かる。
生地の仕込みをしている最中の6時頃、理人がお店にやってきた。
『…桃李!大丈夫だったのか!』
『…え?何が?』
理人が、血相変えて飛び込むように入ってきた。
何のこと?
…と、すごい剣幕で連れていかれた割には、その恐い女子たち…狭山さんたちとは、話が盛り上がって随分仲良くなってしまった。
理人は知らなかったっけ…。
『…あー。なんだ。そんな話だったの。てっきり桃李の指の一本や二本無くなってるかと思った…』
『心配させてごめんね?あの人達、いい人たちだよ?』
『いい人ねー?でも、桃李、すぐ騙されるから』
『も、もう』
『でも、明日の朝、俺付き添うよ。たくさんパン持っていくんだろ?荷物持ちしてやるよ』
『ホント?助かるー』
理人、心配で部活帰りに来てくれたんだ。
本当に有難い存在だよ。
『…どうした?その傷』
理人が私の顔を見ている。
視線の先は、あぁこれ、律子さんとぶつかった時のやつだ。
サビオが貼られてるから目立ったんだ。
『…あ、今日ぶつかった時に…』
『…え?ひょっとして、教室での?』
『あ、いやいや…ち、違う件…』
実際はどうかわからないけど、教室でのことではないとは否定しておく。
ふと見ると、理人の顔が神妙なものになっていた。
『…桃李。昼休みのことは、あまり気にするなよ。あんな女を隣に高圧的に桃李に怒鳴りやがって。最低だ。夏輝は』
昼休みのこと…。
思い出すと、胸がまた痛い。
『…ねえ、理人』
『ん?』
『私、やめようかと思う…』
『…何を?』
『夏輝のこと…好きでいるの、もうやめる』
『え…』
『…何かもう、惨めだなって思っちゃって…』
いくら、下僕だの格下げ身分だの言っても。
里桜ちゃんの件といい、もう今まで十分惨めな思いをしてきた。
でも、神様は意地悪で。
もっともっと、惨めな思いを私にさせる。
『…桃李は、それでいいの?』
理人の優しい問いに、そっと頷く。