王子様とブーランジェール
神様、隣にいてもいいですか?
7月に突入した頃の昼休み。
久々に律子さんと松嶋で空き教室に集まる。
集合したとたん、宣告されたこのセリフ。
眼鏡、やめるぞ。
『ほらー。ダンスメンバーからも、そろそろ桃李の眼鏡をやめさせて美少女にさせろって注文が殺到してんの』
『な、何でみんなが…』
『それは、おまえさんがみんなに愛されるラブリーな娘だからなのじゃ』
『ち、ち、ちょっと待って待って待って…』
こんな天パ眼鏡がラブリー?
みんな、どうかしてるよ。
…ではなくて『眼鏡を外す』で、真っ先に思い浮かぶのは。
《眼鏡のフレーム調整しとけ!》
《眼鏡、気を付けろ!》
《ああぁぁ!人前で眼鏡を外すんじゃねえ!》
夏輝のお怒りの表情だった。
長年、口煩くくどくど言われ続けているので、この件になると、どうしても夏輝のイライラした顔を思い浮かべてしまう。
その度にびくびくしてしまう。
『だ、ダメダメダメダメ…眼鏡外したら、夏輝に怒られる怒られる怒られる怒られる…』
…しかし、それを松嶋や律子さんも勘づいているようだった。
『もぉー!何それ!ホントに竜堂の呪いじゃないのよー!王子様の呪い?…桃李、竜堂に負けないで!』
『な、な、夏輝には、か、かて、勝てません…』
『これが一番の重症か…』
どうしても、どうしてもそれだけは躊躇ってしまう。
長年、びくびくしていただけに。
『桃李』
松嶋が、口の中でアメを転がしながら、じっと私を見る。
ちょっと真顔だ。
この真顔、優未ちゃんがカッコいいって言ってた。
『は、はい…』
『今のおまえに何を恐れることがある』
『え、いや…』
『前にも言ったが、神様は何も禁止なんかしてない』
『………』
そう…だよね。
これは私が自分で勝手にかけた暗示、呪いだ。
本当は、何も恐れるモノなんて、ないんだ。
『…まぁー。遅刻しまくっちゃって?サッカー部にペナルティ入部しちゃったから?それから一緒に眼科行くか。再来週だな』
『…』
強行突破された。
でも、反論は…ない。
『は、はい…』
神様は何も禁止なんかしてない。
本当は、何も恐れるモノなんてない。
『でも練習頑張りすぎて無理しないでね?桃李は頑張り屋さんなんだから。ペナルティ入部もあって忙しいんでしょ?』
『ハマるとつい頑張っちゃうんで…でも、頑張ります』
そして、私はとうとう。
清水の舞台から、ダイビングした。