王子様とブーランジェール
恐らく、夏輝はこのことを知らない。
…じゃあ、もし。
この事を知ってしまったら、どうなるのか。
(…また、迷惑をかける…)
恐らく、夏輝の性格上、首を突っ込んでくる。
あの時の…前村先生の時みたいに。
そして、責任感もあって、優しいから。
自分が原因だと知ったら…きっと、自分を責める。
(ダメ、ダメだ…)
この事は、夏輝には知られてはいけない。
『…私、言ってくる』
『え…?』
顔を上げると、律子さんの目はつり上がっていており、怒りのオーラが出ているようだった。
『…竜堂に、文句つけてくる!こんな言いがかりつけてくるなんて!信じられない!』
『ちょ、ちょっと待って…ください!』
勢い余って立ち上がった律子さんを、ブレザーの裾を掴んで制止する。
はっきり言って、これは夏輝が仕向けた刺客ではない。
だから、夏輝に文句だなんて…!
『…桃李!』
『こ、こ、これは、夏輝がやれって言ったんじゃ…!』
『わかってる。わかってるよ?…だから、「おまえのせいでひどい目に合ったから迷惑だ!」って言ってやんのよ!』
『だ、だ、だめ!』
『優しくしちゃダメよ!何も知らないで付け上がってるんだから、あいつは!』
『ダメ!お願い!言わないで!』
『…桃李!』
ブレザーの裾を掴んだまま、首を横にぶんぶんと振り続ける。
『お願いだから…夏輝には、言わないでください…』
私の決死の懇願に、律子さんは言葉を失っていた。
沈黙の後に、『…じゃあ、狭山さんに相談するよ?もしこのままやられっぱなしになったら、私が納得いかない』と、声を震わせていた。
私は、狭山さんにも知られたくなかったけど…それすらも拒否したら、律子さんが納得しなさそうだったので、しぶしぶ了解した。
そして、予想通り、明くる日も彼女たちは現れる。
球技大会が始まったため、生徒の行動がオープンとなり、そこを狙ってやってきたんだと思う。
私が一人になった隙を見て、接触される。
『このストーカー!…聞いてるよ?おまえ、ちょっと可愛いからって、男にちょっかいかけまくってるってな?』
『うわっ!サイテー!調子に乗ってんなー?』
空き教室で囲まれるなり、そんな身に覚えのないことを、次々と突き付けられる。
『そ、そんな…し、知りません!』