王子様とブーランジェール
まさか…それ。
出てきた。
そのハンカチ…。
俺がおみやげに渡した、あのハンカチだった。
その桃柄のハンカチを取り出すと、リュックを再び背負い出す。
「ふぅ…」と、言いながら、そのハンカチで目を拭いていた。
(うっ…)
俺の目の前で…。
俺があげたものを使ってる…。
これは、気まずいのか、嬉しいのか。
変にグッときてしまっている。
ヤバい…。
そんな中で、先ほど理人に言われた事が頭を過る。
《はぁ?事情?…何の事情だよ!『恥ずかしい』と『照れる』以外、何の事情があるんだよ!》
《そんなんだから、拗れまくってるんじゃないのかよ!…そんなの、桃李が可哀想だ!》
…そうだ。
この引き延ばしてきた五年間。
俺の身勝手な事情と振る舞いで、拗れまくってるのは間違いない。
素直になれる勇気が無くて、一歩が踏み出せなかった。
なぜ、こんなことになったのか…。
その片鱗の記憶を、今少しだけ思い出した。
(………)
…今となっては、それもくだらない事情だ。
俺がチキンだったのは、間違いない。
変な罪悪感とかは、もう嫌だ。
もっと素直に、真っ直ぐでいたい。
「き、今日は…す、すみませんでした…」
桃李に声をかけられて、ハッと我に返る。
気付いたら、そこはもうパンダフルの前だった。
もう、到着してしまった。
しまった。考え込みすぎた。
「じゃ、じゃあこれで…」
桃李が、ぎこちなく手を振って俺から離れる。
(あ…)
帰って…しまう。
「…お、おい、ちょっと待て!」
「…え?」
このまま帰してはいけない。
咄嗟に引き止めてしまった。
桃李も振り返って足を止めている。
「な、なに…」
少々びくつきながら、不安そうにこっちを見ている。
さっき睨み付けてしまったからか、怯えてしまったようだ。
さっきのは本当に失敗した。
だけど、今までのように、そんなことに怯んでいる場合ではない。
今、ここで。
話をしておかないといけない。
「と、桃李…あの…」
「は、はい…」
俺があげたハンカチを握りしめたまま、俺の目の前に…いる。
その姿だけを真っ直ぐに見て。
「…屋上で、さっき言ってたことなんだけど…」