王子様とブーランジェール
『…はぁ?!何で哲太兄ちゃんが?!』
しまった。
哲太兄ちゃんと門脇部長、仲が良いんだった。
迂闊に喋って…俺のバカ。
『…いや、それ。人聞き悪いっすよ。言い寄ってくる女で遊んでるとか…』
『や、そういうことだろう。要は』
『だから!人聞き悪いっすよ!』
『あっちにフラフラこっちにフラフラ…そんなことしてるようじゃ、夏輝、おまえはまだまだだな?』
『………』
ちっ。フラフラ…そうじゃねえけど、痛いところ突きやがって。
何も言えねえじゃねえか。
『どんなに想っていてもな?素直に、正直にならなきゃ伝わらねえよ?』
『わ、わかってますって、そんなこと…』
『その歳で、くだらない理由で自分を偽るな。大人になったら事故物件だ。そんなの』
『うっ…』
事故物件…ひどい言われようだ。
オヤジのめんどくせータイム、マジめんどくせーぞ。
『あと、岡山行ってきたんだから…おみやげのひとつも渡せるぐらいの気遣いがなきゃな』
『おみやげは…買ってきてますって』
『…ん?だからか?さっきからそこらでフラフラしてたのは?渡そうかどうしようかうろうろしてたのか!情けない…』
『あっ…』
そこまで見られてたのか?
エロオヤジ、侮れない…!
そして、非常にめんどくせー。
すると、門脇部長は俺の前に千円札二枚を差し出す。
『…てなわけで、これで何か買ってこい。俺の酒とつまみもな』
『酒?ビールですか?』
『あの子に聞きゃわかる。残った金でおまえの食べたいもん買っていいぞ』
『は、はぁ…』
門脇部長に『行け!』と、指される。
ったく、めんどくせーな。
それにしても、門脇部長にこのことを知られてるとか、非常にイタイんですけど。
兄ちゃん、何でもベラベラ喋んなよ…。
ホント、痛かった。めんどくせータイム。
《夏輝、おまえはまだまだだな?》
…わかってるよ。
わかってるよ。そんなこと。
今の俺がヤツにふさわしくないことぐらい。
だから、どのくらい頑張れば辿り着けるのか、知りたかったのに。
《くだらない理由で自分を偽るな》
…いや、俺は道程のスタートラインにも立ててないんだ。きっと。
わかってるよ。
わかってるけど…うまく出来るんなら、こんなに拗れたり悩んだりしてない。
事故物件にはなりたくない…。
あと、ほんの少しの勇気。
素直になれる勇気ってやつが必要なのは、もう、この時から何となくわかっていた。