王子様とブーランジェール
エレベーターを降りて、エントランスを抜けて外へ出る。
辺りはすっかり暗くなっていて、空気がひんやりとしていた。
暑がりの俺には、ちょうどよくて気持ちいい。
商店街も店じまいの時間なのか、次々と灯りが消されていた。
暗くなりかけたそのメインストリートを、来た道を引き返して歩く。
そんな中、歩きながら今までのことを思い返していた。
(素直に…か)
それは、意地っ張りと照れ隠しで、いつの間にかどこかに落としてきたものだった。
小学生のあの時。
桃李の焼いたパンを、初めて食べた日。
俺達が、パンを美味い美味いと食べているその姿を見て、喜んでいる桃李を見て。
かわいいと思ってしまい、恋に落ちた。
それからというもの、桃李を目の前にすると、胸のドキドキが止まらなくて。
すごい照れて、どうしていいかわからなくて。
でも、目で追ってしまって。
そんな中、パンを作っているその集中した真剣な横顔にグッときてしまい、好きの気持ちがもっと大きくなってしまって。
こんな気持ち、初めてだった。
勉強や、大人とのトラブル、友達同士のもめ事や、サッカーの試合などの難題は、ちょっと頭を捻らせれば乗り越えられる。
でも、桃李のことばかりは、どれだけ考えても…乗り越えるどころか、考えれば考えるほどどうしていいかわからなくなる。
あたふたしてしまう。
すごい、カッコ悪い。
俺は男だぞ?
男は強く逞しくあるべきなのに。
こんな恋の病にやられてダメヤローになるなんて、終わってる。
桃李はパン造り以外はダメ女なのに。
俺までダメヤローになったら、ただのダメな男女だ。
恋の病の症状は、絶対隠せ。
平気なフリして、ひたすら隠せ。
強く、振る舞え。
でないと、桃李に頼ってもらえない。
情けないダメなヤローだなんて、思われたくない。
頼りになる男を目指せ。
しかし、これが何をどうねじ曲げてしまったのか。
…あぁ、それは。わかる。
中学生の時。
桃李が体育の時間に、友達と話しているのを、こっそり聞いてしまったんだ。
『じゃあ、桃李は?夏輝くんのこと、実は好きなんじゃないのー?』
『それもない。あり得ないよ。な、夏輝は友達の弟だし。わ、私、イケメン好きじゃないし…』
また、些細な一言で傷付いてしまう。
それもない?
あり得ない?
イケメン、好きじゃない?
何だ。
好きなのは、俺だけ、か…。