王子様とブーランジェール
俺も手を振り返して、おじさんを見送る。
姿が見えなくなったところで、手を降ろし、そそくさと中に入り、店のドアをそっと閉めた。
さっきの調子で門前払いをくらうかと思っていたが、運良く簡単に中に入ることが出来た。
俺、持ってるな。おじさんありがとう。
電気も消えて薄暗くなった、掃除で片付いた売り場とイートインスペースの間を抜けて、気持ち静かにレジの奥に入る。
厨房は、電気がついていた。
出入口にそっと立ち、中を覗く。
やはり、いた。
厨房の流しで、洗い物をしている。
髪をアップにした、白いコックコート姿の桃李だ。
コックコート姿、かわいいんだよな…。
そう思いながら、しばらく見つめてしまう。
先ほどのこともあるから、顔がニヤケそうになった。
い、いけない。
こんなニヤケた顔、桃李には絶対見られたくない。
顔を横に少し振って、気を取り直す。
出入口の傍には、おじさんの仕事スペースがあり、机の上にはパソコンが置いてあり、ホワイトボードには、伝票やメモがびっしり貼ってある。
そこには、事務用の椅子も置いてあり、その上にカバンを置かせてもらった。
置いた時に、ガサッと物音がなる。
「…お父さん?…忘れ物ー?」
桃李の声がする。
こっちに気付いたか。
「…お父さん?……あぁっ!」
返事がないもんだから、顔を上げてこっちを見た。
その瞬間、俺と目が合う。
途端に、声を上げていた。
俺の存在に…気付いたな?
「な、な、な、夏輝!…な、な、な、何でこ、ここ、ここにいるのー!」
途端に慌てふためいている。
…だろうな?
さっき無理矢理逃げてきたヤツが、またやってきたんだからな?
ストーカーのように、しつこく。
「な、ななな何で!」
「おじさんが入っていいって言ったから、入ってきた」
「え、ええええ…ええ…」
驚愕なのか、怯えているのか。
またしても挙動不審となったヤツは、何となく後退りをしている。
バカヤロー。
今度こそ、もう逃がさない。
「…桃李」
「え、ええええ…な、何、ですかっ…」
「話、あんだけど…」
もう絶対に、逃がさない。