王子様とブーランジェール
素直になれる勇気はあるか
「は、は、話って…」
俺の出現でビックリしたのか、後退りをして、元にいた洗い場のポジションまで戻って行ってしまった。
また逃げやがって。
でも、もうそれ以上は逃げられまい。
もう、逃がさないぞ。
「話?…あぁ、屋上での話の続きなんだけど…」
そう言いかけると、ヤツは「ひぃぃっ!」と、悲鳴をあげた。
またその汚い悲鳴…。
「ええええ!だ、だ、だからそれは!…無し!無し!…無しって言ったでしょー!」
「…何でだよ!」
「な、な、何で聞きたがるのー!」
何でって…!
「そ、それは…気になるからだろ…」
ちょっと恥ずかしくなってしまい、勢い死んだかのように、語尾が小さくなってしまった。
ちょっとちょっと。
恥ずかしがってる場合かよ。
これからもっと恥ずかしいことを聞くのに。
「あ、あぁぁぁ…」
今度は変なうめき声が聞こえた。
「あぁぁぁ…」と、声を出しながら、ヤツは再び洗い物を始めていた。
顔は真っ青だ。
まるで、おぞましいものを見たかのように。
まさか、こんな恋愛要素たっぷりのシチュエーションで、こんなうめき声が聞けるとは思わなかった。
まるで、ホラーだ。
俺の執念の追いかけぶりもホラーだけど。
「…桃李!」
少し離れたところにいるヤツに、大きめの声で呼び掛けるが。
「………」
返事は、ない。
は?…無視?
辺りはシーンとしてしまった。
水の流れる音だけが響いている。
「桃李!」
「………」
もう一度叫びかけるも、また無視される。
いつの間にかヤツは、あからさまに俺を見ないように顔を背けながら洗い物をしていた。
シカトしてシラを切るつもりか?!
ふざけやがって!
距離的にも遠くて、話がしづらい。
そう思い、そのまま中へ入ろうとした。
しかし、気配でわかったのか「だめー!」と叫ばれて、反射で足を止めてしまう。
「ち、厨房は土足禁止で、です!」
…何っ!土禁!
そんな逃げ方、ある?!
(ちっ…)
確かに、衛生上、厨房内土足はまずいか。
お利口さんにそこは言うことを聞いてやらないとならない。
しかし。
そこまで逃げの態勢だなんて、どういうことなんだ。
そんなにその話をしたくないのか?
何でだよ…。