王子様とブーランジェール
感情を入れた言い合いをしていたってダメだ。
何を言っても、結局最後には『無しでお願いします』に戻るし。
俺も巻き込まれたかのように、イライラして高圧的な態度を取ってしまう。
伝えたいことも、伝わらない。
だけど…何としても、伝えなくてはならないんだ。
「桃李に…話したいことがある」
「え…」
「こっちに来て」
先ほどまで、アイランドキッチンの陰に隠れた場所で攻防をしていたが。
引き続き、今度はその場に座り込む。
キッチンに背中を預けて、ラフに座り込んだ。
「…来ないの?」
桃李は、その場でモジモジしている。
照れちゃっているのか、なかなかこっちに来ない。
「…こっちに来い。じゃねえと、話聞こえないだろが」
「え、えっ…」
「俺の隣…来んの嫌?」
「う、ううん…」
首を横に振って、恐る恐ると近付いてくる。
人間半分くらいの距離を離して、俺の右側にちょこんと座っていた。
桃李が近くに、傍にいる…。
そう思うと、ドキッとさせられるが。
でも、今はなぜか、今までのようにドキドキしすぎて死にそうとかは、ない。
妙に落ち着いている自分がいた。
何だ。俺、ゾーンに入ってるみたいだ。
傍にいる桃李を横目で視界に入れる。
膝の上に乗せてある左手が、目に入ってしまった。
指…。
数日前までは、包帯がしてあった。
俺のせいで、踏まれた指…。
そこに、手を伸ばす。
そっと手に取って、自分の方へと引き寄せた。
「ひゃっ!…な、何」
「…指、大丈夫なのか?」
「う、うん…もう痛くないけどっ…」
俺の手の平にちょこんと乗せられた桃李の手は、小さい。
俺のごつくてデカい手とは、全然サイズが違った。
柔らかいし、温かい。
…普段の俺なら、こんな風に自ら桃李の手を触るだなんて、あり得ない。
恐らく、木っ端微塵の粉々になっているはず。
なのに、今は何だか平気…やっぱりゾーン状態か。
恥じらいも照れも捨てると、こうなるのか。
しかし、この小さい手が…あんなに美味いパンを作り出すんだな。
「い、いつまで触ってるの…」
「ずっと。離したら逃げるだろ」
「に、逃げません…」
恥じらいも照れもとうに捨てた。
今度は、このプライドを少しの間、向こうに置いといておかねばならない。
ここは、冷静に。
懺悔のように、ぶちまけるしかない。