王子様とブーランジェール
「で、おまえも下僕なんかじゃないし。俺はお気遣いもしてない」
そして、今一度、その小さな手をそっと握りしめる。
桃李、目が泳いでいる。
ふるふると震え始めた。
「おまえは…俺にとってたったひとりの人、だから」
「あ、あの、その、あ、あぁぁ…」
桃李の挙動不審が増してきた。
誰もいないとわかっているのに、辺りをキョロキョロし出す。
だいぶパニっている証拠だ。
「で、でも、でもっ…わ、わ、私はっ、だ、だ、ダサっ、ダサ地味でっ、ぶ、ブスで…」
「………」
桃李おまえ、今一度自分の顔を鏡で見ろ。
その顔でそのセリフを吐くなんざ、たくさん敵をつくるぞ。
「で、で、それでっ…あ、あの、な、なつ、夏輝にはっ…あ、あぁぁぁ」
おいおい。
何故急にパニりだした。
目の前に拡がった現実は想像もしなかったか?
甘い言葉は掛けられ慣れてないか?
…いや、俺だって掛け慣れてねえよ。
こんなにも冷静でいられるのが、不思議でたまらない。
ゾーン状態、万歳。
恐らく我に返ってしまったら、あんなこんなガラにもないセリフを吐いた、多大なる恥じらいに襲われるだろう。
生き延びれない程のダメージが俺を襲うだろうから、今は考えるな。そんなこと。
しかし、目の前の桃李は、パニって吃りながらも何かを一生懸命喋ろうとしている。
「な、夏輝には…ま、周りに、き、き、綺麗な女の子が、た、たくさん、い、います…」
「…あぁ?」
「だ、だ、だから、わ、わ、私、じゃ、じゃなくてもい、いいので、ではないで、でしょうか…」
「………」
夏輝には、綺麗な女の子が、周りにたくさんいます。
だから、私じゃなくても良いのではないでしょうか。
…今、ちょっとイラッとした。
理人に続いて、まさか桃李本人にまでそんなことを言われるとはな?
今までの俺のやってきたことを見てきているんだから、無理もない…か。
それは、本音か?
それとも…試されてるのか?
後者の方なら、上等だ。
…さあ、試されよう。
「…桃李」
「は、はいぃ…」
いちいちビクつくな。震えるな。
俺だって…喉の奥が震えてる。
実は、さっきからずっと胸が高鳴り続けていて、緊張していて。
でも。そこを飲み込んで堪えていないと。
おまえに伝えたいことも伝えられない。