王子様とブーランジェール
「夏輝、いいぞー!」
「すげえスピードで登ってんじゃん!」
周りの歓声なんて、耳に入らず。
下心全開の目的のため、必死に必死。
ゴールに辿り着けば…桃李が、『カッコいい』準備して。
…準備して待っててくれとんじゃぁーっ!!
しかし。下心全開の目的のため、必死だったが。
よく考えりゃ、んなワケないわ。
『カッコいい』準備するどころか、見てるかどうか…。
てっぺんの山場に差し掛かる頃には、そんなことがちらほらと頭に過り始めたが。
一度つけた勢いは止めず。
最後のホールドを両手で掴んで引き寄せ、上体を持っていく。
足を掛けて、一気に上がりこんだ。
登った…登りきったぞ!
5メートル下の麓から、拍手と歓声が沸き上がる。
「夏輝マジで登った…」
「すげー!!」
「イェーイ!!」
とりあえず達成感で、ガッツポーズしてみるけど。
今思えば、何のモチベーションでここまでやったのか。
わからん…。
勝手な下心全開の妄想…。
5メートル上の景色は、辺り一面見渡せる。
人だらけの会場も、みんなありんこ級の豆粒だ。
マジでありんこ…いや、人だらけだな。
何となく見渡していたが。
(…あっ!)
俺の視力ってすごいんじゃないか?
豆粒ありんこの中から、見つけ出してしまった。
会場の片隅に、一人でいる。
桃李だ…!
見ていてくれただろうか…ではない。
見つけたその様子は、何かおかしい。
桃李は、両膝を地につけて、地面を這うように何かを探している様子だ。
何か探し物か?
…はっ!
嫌な予感がする。
まさか、アイツ。
眼鏡か…?
眼鏡、探してんじゃねえだろな?!
それはまずい…マズイぞ!
駆けつけねば!
桃李!
裏にある昇降用のハシゴを使って降り中腹から飛び降りる。
地上に戻った俺は、真っ先にその探し物の現場へと全力疾走、ダッシュで向かう。
「…あれ?夏輝?どこに走ってんの?」
「大体想像つくよ」
そんなことを言ってる理人たちなんか、構っていられない。
万が一、眼鏡を失くしてたら、マズいんだよ!
マズいんだって!!