王子様とブーランジェール
「…羨ましかったのよ」
その表情そのまま、下に視線を落としている。
どこか悲しそうではあった。
「…あの子と蜂谷くんが一緒にいるのを見て、単に羨ましかった。そこは…蜂谷くんの『隣』は、私の場所だったはずなのに、って」
「隣…」
「楽しそうにしている二人を見て、『昔は私達もああだったはずなのに』って思ったら、腹がたって、何か悲しくてね…」
「………」
楽しそう、ねえ…?
…蜂谷さんの話と俺の憶測では、桃李にとっては恐らく、セクハラの恐怖に怯えていた時間だったと思うが。
「もっと、素直になりたかったな…」
そう言って、彼女はため息をつく。
悲しそうというか、寂しそうというか。
俺の肩越しの向こうを何となく見ている。
彼女は根っから悪い人ではないのかもしれない。
理由があってのあれ、だったのではないか。
ただ、今、口にしたセリフを表現する方法を間違えたんだと思う。
「…なれますよ?」
「え?」
「素直に。勇気があれば、なれますよ?」
「勇気…?」
「っていうか、蜂谷さんが桃李にセクハラしないよう見張っていてくれなきゃ困ります」
「…もう、竜堂くんが幼なじみだったらよかったな。あんな何を考えてるかわからない男じゃなくてね?」
そう言って、フフッと笑う。
その笑顔は、いつもの媚びを売る笑顔ではなく。
純粋に、素直な笑顔…だと思う。
この人だって、素直に笑えるんだよ。
「…竜堂くん」
彼女は、一歩俺に近付いてきて、耳元で囁く。
肩に手を添えられて。
「…ありがと」
うふっと、いつもの媚び笑顔を見せて、そのまま去っていく。
小さく手を振って、階段へと姿を消した。
ったく。耳元で囁くとか相変わらずエロいし。
距離近すぎ。
その気はないのにドキッとさせられるあたり、やはり女豹だな。
ったく…。
…でも。
目の前に広がる、これからの彼女の新しい世界…時代を。
真っ正面から素直に、歩いていければな…とは、思う。
そんなことを思い、彼女の後ろ姿を見送っていた。
…さて。俺も教室に行くか。
そう思い、振り返る。
だが、そこには。
(…何っ!)
紙袋を両腕で抱き締めて、こっちを向いている…俺の新しい彼女が。
でも、気まずそうに目を逸らしている桃李が…いた。
今の…見られてたのか!