王子様とブーランジェール
眼鏡を失くした桃李はマズいぞ。
アイツ、モンスターになるぞ!
いろんな意味で。
人混みを掻き分けて、周りには目もくれず走る。
障害物をすり抜けて、スピード緩めることなく目的地へと向かった。
ったくこの…眼鏡のフレーム調整しとけ!
眼鏡ずれ過ぎなんだって!
会場の端から端まで駆け抜け。
ようやく桃李の姿が見えてきた。
「…あぁーっ!ないない…ないよぉーっ!」
やはり、桃李は探し物をしてる様子だ。
一人で騒いでるぞ。
膝をついて、芝の中を掻き分け、辺りをキョロキョロと見回している。
…ん?
顔を上げた時に、わかったのだが。
桃李、眼鏡…ちゃんとかけている。
あぁ、良かった。
え?じゃあ、何探してんだ?
「ああぁぁーっ…ないぃぃ…わからないぃ…」
その体勢のまま、顔をその場に伏せた。
力尽きたのか?
しばらく動かなくなった。
あ、あの…。
そのまま見守ること、約1分。
何だか埒があかなくなってきた。
「お、おい…」
思わず声をかけてしまった。
すると、勢いよくバッと顔を上げる。
あまりにも急だったので、思わずビクッとしてしまった。
「…夏輝」
「よう…」
やっと上げた顔は、なぜかムスッとしていた。
え?
何か、怒ってる?
「夏輝、ないの…」
「え?何…」
「ないの…」
「な、何がないんだ?」
「T…」
「…ん?んん?」
「Tがないの…ないよぉーっ!」
そう言って、桃李は「うわあぁーん!」と嘆きだした。
何を言ってるか…わからない。
とうとう宇宙人にでもなったのだろうか。
「松嶋が!…松嶋がぁーっ!『この会場に潜んでいるTを探せ!』って言ってきたんだけど、何が何だかわからないぃーっ!Tって何なのぉーっ!紅茶?!それともゴルフ?!野球?!」
そして、再び「うわあぁーん!」と嘆きだした。
頭を抱えて顔を伏せた。
Tを探せ…あぁ、あれか。
某芸人の某ネタか。
バラエティーでよく見るやつ。
アルファベットのTに見える何かを探すやつか。
この本気で嘆いている様子…わからないのか?
バラエティー見ないの?
紅茶、ゴルフ、野球って、発想がどれもおじさんおばさんっぽいぞ!
眼鏡を失くして大ピンチ!だと思って駆け付けたのに。
眼鏡ではなく、T…。
全身、ガクッときた。