王子様とブーランジェール
そこ…。
同じ事を考える?
嘘だったらどうしようとか。
…じゃない。
「…嘘?…嘘かと思った?…何考えてんだおまえは!」
「…え?」
「まさかおまえ、俺の恥じらいもプライドも全て捨て去った決死の戦いを『やっぱり無しでお願いします』にするつもりじゃねえだろな…?」
「え?え?あ、いや…その…」
「ガラにもないことばっか言って、どれだけ死にそうな思いをしたか…その上おじさんにまで目撃されて…それでも全部嘘ー!って思えるのか!」
「あ、あぁぁ…お父さんに見られちゃったもんね。嘘じゃないね…目撃者、いるもんね…」
「………」
イタイところを繰返し言うんじゃない。
あの後、何もなかったかのようにツラッとこいて『また明日ー!』なんて去ったけど…恐らくおじさんには印象最悪だ。
娘が痴漢されたとか。
ちっ。これから棘の道だぞ。
しかし、桃李はそんな俺の気も知らずか、顔を赤らめながら俯いている。
「嘘じゃなかったんだっ…」
えへへ…と、笑顔になっている。
(………)
あのなぁ…。
朝っぱらからやめて。それはヤバい。
昨日の俺とのことが嘘じゃなかったとか喜んでるの、かわいいから。
笑ってんのかわいいから。
何だ。急に次々と。
やめて…。
冷静にしていても、心中はお祭り状態だ。
でも。
嘘じゃなかった…!
俺だって、心の中で喜んじゃう。
ホッとした。なぜか。
また『無しでお願いします』が来たら、俺、とっくに死んでる。
「…あ、そうだ」
そう言って、ヤツは手に持っていた紙袋を俺に差し出す。
そこからは、あの大好きな良い薫りがした。
「これ…」
「や、約束どおり、焼いてきた…」
手に取ると、その薫りは一段と鼻に入ってくる。
ちょうど腹減ってたから、やった。
袋を開けると、至福の薫りに包まれる。
そこにはたくさんのクロワッサンも入っていて。
ヤバい。顔にやける。
幸せ…。
大好きなクロワッサンと、彼女。
傍にある、隣にいるというその現実は。
もう、幸せでしかない。
「ありがとうございます…」
もう、これ。神に感謝のレベルだ。
その開けた袋に顔を突っ込む。
包まれて、その薫りを味わう。
「それ、まだやってるんだ…」
「うるさい。俺の大事な充電法だ」
幸せ…。