薔薇の嘘

これは、素直に受け止めた方がいいのか…
でも、舞い上がってる自分はたしかにここにいる。

「本当だよ。結城君がいなくなったら私、またプライベートが荒れちゃう」

佐々木先輩の表情は困っているように見える。何か以前にあったのだろうか。

「プライベートって?」

こんなことを聞くのは野暮だったか?
佐々木先輩は、茶色く、ふわふわとした髪の毛を撫でた。

「あ、ううん。大したことじゃないの。でも、ストレスがたまると…なんていうのかな。浪費する癖があってね。だから、私のお財布を守るためにも、結城君が必要なの」

佐々木先輩は冗談っぽく言って、可愛らしく笑う。
その頬はふっくらとはりがあって、桃のように色づいている。思わず見惚れる笑顔だった。

「…僕なんかより良い話し相手いますよ」

この部署はファッション雑誌の製作を担当している。その雑誌を読んで、僕はここに入社したいと思った。入社するまで、緊張していた自分が懐かしいと思う。まだ一年も経っていないけれど。

ファッション雑誌の製作をしているからか、ここの社員はみな洒落た服を着ている。僕も、あまり力を入れてはいないが、それなりに流行を取り入れたファッションを意識している。

周りにはそんな僕よりも、顔もスタイルも服装も整っている男がごろごろいる。
だから、僕はここに入って外見に関する自己評価を厳しくするようになった。

でも、佐々木先輩はこんな僕に頼ってくれている、らしい。

「結城君よりも良い話し相手ねぇ。
まあ、たしかにみんな素敵だけど…
なんか物足りないの。何かな?
結城君しか持っていないものがある気がするのよね」

「僕にしかない?」

それって、雰囲気とか性格の話だろうか。
でも、そんなこと自分じゃわからない。

「おい結城ぃ!」

怒鳴り声が聞こえた。

「あ…呼び出しくらってたんだった」

もうおなじみって感じで、周りの社員もあまり気にしていない。
佐々木先輩は鬼でも見たような顔をして俺の背中を押した。

「ごめんね、無駄話につき合わせちゃってて。早く行ってらっしゃい」

ああ、この至福の時間がもう終わってしまう。

「はい、行ってきます」

重たい眼鏡を持ち上げると、佐々木先輩の甘い香りがした。

この人がいるから、少し頑張れる気がする。
でも、それで良いのだろうか。
もっと、自分から動き出したいというエネルギーが生まれるのが、自分のやりたいことをやってるってことじゃないのか?


…上司の元へ走っていき、頭を下げる。


「すみません」


不機嫌そうな上司の話など、まともに聞いていられない。頭を下げたまま話を聞く。

…やっと終わったか。


「おい結城」

「はい」

この上司、後藤は僕を相当嫌っているらしい。

「佐々木と随分仲がいいみたいだな。
どんな手を使って近づいたんだ?
その内セクハラだなんだって訴えられるんじゃないか?」

そして、佐々木先輩と僕が親しいのが気にくわないというのが僕を嫌う理由らしい。
いい歳して何考えてんだこのオヤジ。

「佐々木さんにはいつもお世話になってます。でも、編集長が思っているようなことは」

「ほぉ?そうかそうか。そりゃあ安心だ。
じゃあ一つ頼まれてくれるか」

「…何でしょう」

「今、男がいるか聞いてこい」

「はい?」

僕は思わず大きい声を出した。

「お前も気になってるだろ?それとも、もう聞いたのか?」

「編集長、お言葉ですが」

深いため息をついた。世の中にはこういう男がいる。そして信じたくはないが、そういう奴らは少なくない。

「なんだ?嫌だってのか?」

「…失礼します」

「おい結城!」


こんな男にいらない好意を受ける佐々木先輩が可哀想だ。美人として生きるのは楽じゃないんだな。

僕だって佐々木先輩が好きだ。
先輩と僕を可愛がってくれている。
しかし、それは仕事仲間として、だろう。

あの上司のように、それを恋愛に結びつけようというのは極めて迷惑な話だ。

僕に彼女に対する恋愛感情がないと言ったら嘘になる。でも、それは僕の勝手な思いだ。
彼女にそれを伝えるなんてありえない。
彼女の恋愛事情に踏み込むなんてもってのほかだ。

それをあの男は、ずかずかと踏み込もうとしている。

「死ねばいい」

ぼつりと呟いても、誰も聞いちゃいない。





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