恋する剣士
永倉が道場を辞め、働きに出る日


明が綺麗に着飾った娘の姿で、目の前にたっていた
明のそういう姿を見るのは、初めてだった

立ち止まり、瞬きをするのも忘れるほど
半開きになった口を閉じることさえ出来なかった


それほど、明が美しかった


どれくらいの間だろうか
今まで、目が合うことがなかった明と見つめ合った


どこからか現れた
鬼の形相をした男が、明を平手打ちして
連れ去るまで


動けなかった







永倉は、いつも思い出す




あの時、どうして助けてやれなかったのか


見合いが嫌で逃げて来たのかもしれない
あの男に日頃から暴力を受けていたかもしれない

仕事を辞め、戻った時に道場で聞いた話では
家を守る為に売られたとか
結婚させられ、虐められているとか

明が幸せとは考えにくい話ばかりだった

後悔というかたちで、今も永倉の心に
鮮明に映し出される

あの日


助けられなかった明に
色んな人が重なる度、踏み出す勇気がなかった自分を責める



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