神様の使いは、初恋をこじらせました。
私の高校には、ちょっと不思議な噂がある。理科室の一番後ろの机の裏に、願いを書くと叶うという。大学合格や成績アップ、恋愛成就などいろいろな願いが込められている中、私は会いたい人の名前を書いた。窓の外を見れば、雨が降っていた。
「立花さん、先生が呼んでたよ」
「あ、うん、今行く」
私が理科室を出るのと同時に、片桐くんが理科室に入ってきた。
「片桐くんも願い事?」
「いや、俺は先生に頼まれたものを取りに来ただけ。立花さんはさっさと行きなさい」
「はーい」
立花さんが理科室を出ていったのを確認してから、俺は机の裏を確認した。
『隼也に会いたい』
隼也…くんね、了解。
俺は携帯を取り出して、弓山第二小学校と入力した。立花さんの出身小学校だ。
隼也、隼也…うーん、それらしい人はいないなあ。
それからいくつか検索していると、小田中裕樹が引っかかった。立花さんの同級生の可能性が高い。よし、連絡とってみるか。
ーーー数ヶ月後ーーー
私の元に一通のハガキが届いた。
小6の同窓会の案内だった。
うわっ!本当に願いが叶った。
その日は朝からソワソワ。5年ぶりに合ったクラスメイトとは、話が尽きることはない。楽しい時間はあっという間にすぎ、せっかく再会できた隼也とは、あまり話ができないまま、帰ることになった。
地下鉄の改札を抜けて地上に出ると、さっきまで一緒にいた隼也に電話をかけた。
「絶対降らないから、雨」
頭をくてんと反らせて私は言った。まあるい月が、白くて明るい。あの頃遊んだドッヂボールみたいだ。
「5年ぶりかあ」
突然引っ越してから、みんなとは連絡が途絶えたままだった。偶然バイト先で会ったクラス委員の小田中が、やっと全員の居場所が分かったから同窓会をやろうと企画されたのが今日。
久しぶりに会ったクラスメイトと、めいっぱい飲んで食べて話して、それからみんなで終電に駆け込んで、駅で押し出されるように降りた私は、自動販売機で買った麦茶を飲みながら、家に向かって歩いていた。
「やっぱり隼也の負けー」
「声がデカいって。で、お前、もう家に着いたのか?」
電車から降りる瞬間、隼也が小さな紙を押し付けるように渡してきた。私がそれを受け取ると、家に着いてから電話しろと睨むような目で言うもんだから、思わず頷いてしまった。小さな紙に書かれた隼也の電話番号を、大事に折ってポケットにしまう。
「おい、聞いてるのか?」
「着いた着いた」
「うそつけ!」
小6から5年が経って、今は大人の声に変わっていたけれど、話し方は小学校の頃とちっとも変わっていない。だからホッとした。だから久しぶりに会っても、緊張はしなかった。しなかったけど、少しドキドキした。だって、背は想像よりずっと大きかったし、おまんじゅうみたいに丸かった顔は、シュッとしてカッコよくなっていたから。隼也にドキドキするなんて私らしくないと、昔のように男友達みたいに話した。そういえばあの頃も、隼也に対するドキドキを隠して過ごしていたっけ。
「あははは、バレた?空を見た瞬間、絶対に私の勝ちだと分かったからさ、嬉しくて」
「そりゃバレるだろ?美雨が電車を降りてからまだひとつ目だし、駅から家まで結構歩くって言ってたろ?ていうか、俺はまだ電車の中だから、電話は切るぞ」
「はあーい」
返事をすると、数秒経って電話が切れた。その代わりに、画面に飛び込んできたメッセージ。
「まだ俺が負けとは決まってない。家に着くまでが勝負だからな」
相変わらずの負けず嫌いに、口元が緩んでしまう。1人でニヤつく変な人だと思われたくなくて、慌ててイヤホンを耳に差し込んだ。好きな曲に乗って、同窓会での出来事を思い出す。
「昔の席に座ろうぜ」
小田中が言った。みんながわあわあ言いながら、動き始める。私は隼也の隣に5年ぶりに座った。隼也と目が合った。なんとなく目を逸らした。それからまた目が合った。隼也が笑った。私も笑った。
「なあ、久しぶりに賭けようぜ」
「うん!私も今、それを言おうと思ってた」
5年ぶりの意気投合が心地いい。あの頃の私たちは、なんでも賭けるのが好きだった。変わらぬ空気感に胸が弾む。隼也は、私にとって良きライバルで相棒で…初めて恋をした人だった。
「じゃあ、美雨が家に帰るまでに、雨が降るか降らないかを賭けよう」
「またそれ?隼也は、雨が降るか降らないかを賭けるのが好きだよね」
「この賭けには、一度も勝ったことがねーから」
「名前に雨が入ってる私が、負けるはずがない」
隼也はずっと、雨が降る方に賭けている。今日もそうだった。負けた方は、相手の1番欲しいものをあげるというのがお決まりで、勝率のいい私は、隼也の持ちものを、ごっそり頂戴した実績がある。もちろん、今回も負けた方が、相手の欲しいものをあげることにした。
「あははは。これはもう、絶対隼也の負けだよ。どうしようかなー。車欲しいなー。いや、いっそのことお金にしようかなー」
私は、意気揚々とメッセージを送る。あの頃も隼也とは、こんな他愛もないやりとりをずっとしていたっけ。
「おいおい、そこは昔と変わらず、香り付きの消しゴムとかマンガとか、そういうやつだろ?変なとこだけ大人になるな」
「あの時はあの時、今は今でしょ。賭けに勝てば隼也にも、今1番欲しいものをあげるから。ちゃんと決めといてよ」
「俺の一番欲しいものは、ずっと前から決まってる」
「なになに?気になる」
「お前が賭けに負けないから、ずっと言えないんだよ。ずっと欲しいのにさ」
隼也の欲しいものってなんだろう。足を止めて、再び空を見上げる。黒のキャンパスに、白い月。飛行機の赤いライト。小さな星たち。雨の気配は感じない。
「今日も隼也の欲しいものはお預けみたいね。だって何度空を見ても、雨雲なんか見当たらない。絶対降らないし、今日も絶対負けない」
私が断言すると、速かった隼也からの返信が途切れた。横断歩道を一歩踏み出したところで、返信を知らせる合図が鳴ったので、小走りで渡ってからメッセージを開いた。
「お前さ、絶対絶対って、あの頃もすぐそうやって決めつけたよな。美雨が俺に、絶対やるべきだって言うから、それまでやる気もしなかった班長とか応援団とかやらされたり、絶対できるって言うから、やるだけ無駄だと思っていた勉強もさせられたり、美雨の「絶対」のせいで、俺がどれだけ」
メッセージは、そこで終わっていた。それまでとは明らかに違う文面。私は、イヤホンを外してスマホをギュッと握りしめた。もしかして、嫌だって言いたいのかな?迷惑だったってことかな?私はそれに気づかず無理させちゃっていたんだ。私は隼也をライバルや相棒だと思っていたけど、隼也は私のことを迷惑なヤツだと思っていたんだ。
返信も来ない。怒っているのかも。晴れていた心は、もやもやした雲に覆われていく。私はスマホの電源を切った。運行の終了したバス停のベンチに、ストンと腰を下ろした。喉がカラカラだったので、残っていた麦茶を一気に飲み干す。隼也にずっと嫌がられていたと思うと、胸がギュッと痛んだ。
「なんでこんなに…」
拳でトンと痛む胸を叩いた。頭をくてんと反らせて、ギュッと唇を噛む。澄んだ夜空に浮かぶまあるい月は、さらに輝きを増しているように見えた。
私は、外したイヤホンを耳にねじ込んで、ボリュームを上げた。大音量で流れる曲は、賭けに勝った私が、5年前に隼也からもらった戦利品。それから私は、誰かに好きな歌を聞かれるたびに、この歌が好きだと答えるようになった。
ううん、この歌「が」じゃなくて、この歌「も」好きだったんだ。ねえ、私、告白する前に失恋したってこと?何が何だかわからない。私、初恋、拗らせすぎだ。
「立花さん、先生が呼んでたよ」
「あ、うん、今行く」
私が理科室を出るのと同時に、片桐くんが理科室に入ってきた。
「片桐くんも願い事?」
「いや、俺は先生に頼まれたものを取りに来ただけ。立花さんはさっさと行きなさい」
「はーい」
立花さんが理科室を出ていったのを確認してから、俺は机の裏を確認した。
『隼也に会いたい』
隼也…くんね、了解。
俺は携帯を取り出して、弓山第二小学校と入力した。立花さんの出身小学校だ。
隼也、隼也…うーん、それらしい人はいないなあ。
それからいくつか検索していると、小田中裕樹が引っかかった。立花さんの同級生の可能性が高い。よし、連絡とってみるか。
ーーー数ヶ月後ーーー
私の元に一通のハガキが届いた。
小6の同窓会の案内だった。
うわっ!本当に願いが叶った。
その日は朝からソワソワ。5年ぶりに合ったクラスメイトとは、話が尽きることはない。楽しい時間はあっという間にすぎ、せっかく再会できた隼也とは、あまり話ができないまま、帰ることになった。
地下鉄の改札を抜けて地上に出ると、さっきまで一緒にいた隼也に電話をかけた。
「絶対降らないから、雨」
頭をくてんと反らせて私は言った。まあるい月が、白くて明るい。あの頃遊んだドッヂボールみたいだ。
「5年ぶりかあ」
突然引っ越してから、みんなとは連絡が途絶えたままだった。偶然バイト先で会ったクラス委員の小田中が、やっと全員の居場所が分かったから同窓会をやろうと企画されたのが今日。
久しぶりに会ったクラスメイトと、めいっぱい飲んで食べて話して、それからみんなで終電に駆け込んで、駅で押し出されるように降りた私は、自動販売機で買った麦茶を飲みながら、家に向かって歩いていた。
「やっぱり隼也の負けー」
「声がデカいって。で、お前、もう家に着いたのか?」
電車から降りる瞬間、隼也が小さな紙を押し付けるように渡してきた。私がそれを受け取ると、家に着いてから電話しろと睨むような目で言うもんだから、思わず頷いてしまった。小さな紙に書かれた隼也の電話番号を、大事に折ってポケットにしまう。
「おい、聞いてるのか?」
「着いた着いた」
「うそつけ!」
小6から5年が経って、今は大人の声に変わっていたけれど、話し方は小学校の頃とちっとも変わっていない。だからホッとした。だから久しぶりに会っても、緊張はしなかった。しなかったけど、少しドキドキした。だって、背は想像よりずっと大きかったし、おまんじゅうみたいに丸かった顔は、シュッとしてカッコよくなっていたから。隼也にドキドキするなんて私らしくないと、昔のように男友達みたいに話した。そういえばあの頃も、隼也に対するドキドキを隠して過ごしていたっけ。
「あははは、バレた?空を見た瞬間、絶対に私の勝ちだと分かったからさ、嬉しくて」
「そりゃバレるだろ?美雨が電車を降りてからまだひとつ目だし、駅から家まで結構歩くって言ってたろ?ていうか、俺はまだ電車の中だから、電話は切るぞ」
「はあーい」
返事をすると、数秒経って電話が切れた。その代わりに、画面に飛び込んできたメッセージ。
「まだ俺が負けとは決まってない。家に着くまでが勝負だからな」
相変わらずの負けず嫌いに、口元が緩んでしまう。1人でニヤつく変な人だと思われたくなくて、慌ててイヤホンを耳に差し込んだ。好きな曲に乗って、同窓会での出来事を思い出す。
「昔の席に座ろうぜ」
小田中が言った。みんながわあわあ言いながら、動き始める。私は隼也の隣に5年ぶりに座った。隼也と目が合った。なんとなく目を逸らした。それからまた目が合った。隼也が笑った。私も笑った。
「なあ、久しぶりに賭けようぜ」
「うん!私も今、それを言おうと思ってた」
5年ぶりの意気投合が心地いい。あの頃の私たちは、なんでも賭けるのが好きだった。変わらぬ空気感に胸が弾む。隼也は、私にとって良きライバルで相棒で…初めて恋をした人だった。
「じゃあ、美雨が家に帰るまでに、雨が降るか降らないかを賭けよう」
「またそれ?隼也は、雨が降るか降らないかを賭けるのが好きだよね」
「この賭けには、一度も勝ったことがねーから」
「名前に雨が入ってる私が、負けるはずがない」
隼也はずっと、雨が降る方に賭けている。今日もそうだった。負けた方は、相手の1番欲しいものをあげるというのがお決まりで、勝率のいい私は、隼也の持ちものを、ごっそり頂戴した実績がある。もちろん、今回も負けた方が、相手の欲しいものをあげることにした。
「あははは。これはもう、絶対隼也の負けだよ。どうしようかなー。車欲しいなー。いや、いっそのことお金にしようかなー」
私は、意気揚々とメッセージを送る。あの頃も隼也とは、こんな他愛もないやりとりをずっとしていたっけ。
「おいおい、そこは昔と変わらず、香り付きの消しゴムとかマンガとか、そういうやつだろ?変なとこだけ大人になるな」
「あの時はあの時、今は今でしょ。賭けに勝てば隼也にも、今1番欲しいものをあげるから。ちゃんと決めといてよ」
「俺の一番欲しいものは、ずっと前から決まってる」
「なになに?気になる」
「お前が賭けに負けないから、ずっと言えないんだよ。ずっと欲しいのにさ」
隼也の欲しいものってなんだろう。足を止めて、再び空を見上げる。黒のキャンパスに、白い月。飛行機の赤いライト。小さな星たち。雨の気配は感じない。
「今日も隼也の欲しいものはお預けみたいね。だって何度空を見ても、雨雲なんか見当たらない。絶対降らないし、今日も絶対負けない」
私が断言すると、速かった隼也からの返信が途切れた。横断歩道を一歩踏み出したところで、返信を知らせる合図が鳴ったので、小走りで渡ってからメッセージを開いた。
「お前さ、絶対絶対って、あの頃もすぐそうやって決めつけたよな。美雨が俺に、絶対やるべきだって言うから、それまでやる気もしなかった班長とか応援団とかやらされたり、絶対できるって言うから、やるだけ無駄だと思っていた勉強もさせられたり、美雨の「絶対」のせいで、俺がどれだけ」
メッセージは、そこで終わっていた。それまでとは明らかに違う文面。私は、イヤホンを外してスマホをギュッと握りしめた。もしかして、嫌だって言いたいのかな?迷惑だったってことかな?私はそれに気づかず無理させちゃっていたんだ。私は隼也をライバルや相棒だと思っていたけど、隼也は私のことを迷惑なヤツだと思っていたんだ。
返信も来ない。怒っているのかも。晴れていた心は、もやもやした雲に覆われていく。私はスマホの電源を切った。運行の終了したバス停のベンチに、ストンと腰を下ろした。喉がカラカラだったので、残っていた麦茶を一気に飲み干す。隼也にずっと嫌がられていたと思うと、胸がギュッと痛んだ。
「なんでこんなに…」
拳でトンと痛む胸を叩いた。頭をくてんと反らせて、ギュッと唇を噛む。澄んだ夜空に浮かぶまあるい月は、さらに輝きを増しているように見えた。
私は、外したイヤホンを耳にねじ込んで、ボリュームを上げた。大音量で流れる曲は、賭けに勝った私が、5年前に隼也からもらった戦利品。それから私は、誰かに好きな歌を聞かれるたびに、この歌が好きだと答えるようになった。
ううん、この歌「が」じゃなくて、この歌「も」好きだったんだ。ねえ、私、告白する前に失恋したってこと?何が何だかわからない。私、初恋、拗らせすぎだ。
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