ホワイトデーお返し調整会議【男子達の関が原】
島津がはじめて笑った。笑った瞬間に開いた島津の鼻の穴から、鼻毛が少し覗いた。小早川ケンタには、大事な時に瑣事を見逃さないという妙な才能があった。
 

あ、机にクロスワード・パズルの雑誌が置かれている。これこそが島津さんの私物だったのかも知れない!え、この雑誌、、今は三月だから、、普通「四月号」なのに、え!「十二月号」?、あれ、5ヶ月もかけてクイズ解けてないの!?小早川は、頭の中にとめどもなく無意味な空想が駆け巡ってしまい、しばし口をつぐんでしまった。

 若い小早川が沈黙しているのを見て、島津は小早川が萎縮して黙り込んでいる(実際には、くだらないことをあれこれ考えいている)と思ったのか、島津からこう切り出してくれた。

 「。で、企画室の小早川さんにわしは何を教えればよか?」

 への字に組んだ両の腕は、かるく拳を作り、両膝の上にあった。小早川は我に返り、企画室内が紅一点からもらったバレンタインのチョコレートのお返しを巡って紛糾しているということ、ついては松平部長に会って企画室全体としての結論を決めてもらうということを手短に話した。島津は黙って小早川の説明に聞いていたが、話が終わるとこう言った。

 「。松平、、部長の居場所か。」

 島津は松平部長の名前を呼び捨てにした上で、役職を取って付けたような言い方をした。小早川はこれに違和感を覚えたが、松平部長と島津は旧知の間柄ということだから、親しさからそのような言い方になったのだろうと小早川は一人で合点した。

 「。よかですよ。わしが松平ぁ、、部長んとこ、連れて行きます。」

 と言って、制服のコートを着、制帽を被って島津は詰め所から出てきたかと思うと、廊下の奥の非常出口に向かっていった。小早川ケンタは島津についていった。

 非常出口の横に立てかけられていた、古臭いママチャリ、スタンドが壊れてしまっているので壁に立てかけられているのだろう、ビニール傘が斜めに挿してある、その自転車にひょいとまたがると、島津は小早川に振り向きながら親指で後部座席を指差した。二ケツするというのだ。

 「あ、え、島津さん、警備の方は、、、」

 小早川の問いに、島津は答えた。

 「。警備員はもう一人詰めておるので、問題なか。松平、、部長がおる所はだいたい想像がつきます。」
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