ホワイトデーお返し調整会議【男子達の関が原】
今は警備員をしている元企画室長の島津義男が若かりし頃に松平部長と職場のマドンナを争ったことを小早川ケンタが知ったのは、この後のことである。島津の中途退職が松平部長との確執に原因があったのか、これについては現在でも社内では諸説ふんぷんとしている。

 島津の叫び声に、おトヨに向かって半身になっていた松平部長がこちらを向いた。見慣れたタヌキ顔はいい感じで酔いが回り、ひょうたんの徳利を持った信楽焼きのタヌキを思わせた。松平部長はバーボングラスを軽く上げてこう言った。

「あ、シマヅ、、、さん、一緒にやります?」

 その柔和な声の誘いがけは、勝者から敗者に向けられた、圧倒的な勝利宣言であった。

 バシャ!殴られて床に這いつくばったままの小早川ケンタの目に飛び込んできた帽子。去り際に島津が警備会社の制帽を叩きつけたのは、もう会社には戻らないという意味だろう。決して当世流行のコメディアン、上島竜平のモノマネではない。バタン!!島津が怒りにまかせてドアを閉めた音が響いた。

 島津が去り、その場に取り残された小早川ケンタは、松平部長が肩をすめて両手を広げる、いわゆる外人ポーズをとって、おトヨの方に向き直ったのを這いつくばったまま確認した。「親にも殴られたことのないのに!、、、」と、殴られて焼け焦げるように熱い頬を手でいたわりながら、小早川ケンタはサラリーマン生活の中で、何が一番重要であるかを悟ったような気がした。
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