絵本王子と年上の私
9話「サイン会」
9話「サイン会」
★☆★
白は、ここ10年間の中で一番怒っていた。
今は頭に血がのぼりすぎて、相手になんて言えばいいのかを整理できないでいた。
しずくと出会う前の思春期だった中学生の頃は、いつも怒っていたと思う。今考えてみると、本当に幼かったと白は思っていた。
大人になってからは、怒ることが苦手になっていた部分もあり、大声を上げたり、イライラすることは少なかった。
が、ある例外を除いては、だが。
その例外の人物は、今、まさに白の目の前におり、とてもにこやかな顔をしていた。それが白の怒りをさらに増幅させるとは、全く思っていないのだろう。
白はゆっくりと呼吸をして、今の状況を整理してくことにした。
朝早くから大学に向かい、キノシタのサイン会が行われる教室へを向かった。部屋の前には出版社のスタッフがもうすでに数名おり、挨拶や軽い打ち合わせをすませた。
その後、キノシタや後輩たちの姿が見えなかったので、「どこにいったんだ?」と思いながら、サイン会の教室のドアを開けた。
そこには、後輩たちが作った看板が飾ってあり、その下には、テーブルと椅子が設置してあった。が、何故か2つずつある。
昨日帰るときに見た際は、キノシタの分の1つしかなかったはずだった。
白は不思議に思い、フッと再度看板を見上げた。するとそこには、信じられないものがあった。
看板には、「キノシタイチ先生 サイン会」と書いてあり。周りにはキノシタの絵本に出てくるキャラクターが描かれていた。だか、少し絵本とは雰囲気が違うのは、先生自身が描いたものではなく、学生が描いたからだろう。
そして、その隣には、それより小さくだが何かが書かれていたのだ。白にとって、そちらの方が問題なのだ。
「キノシタ先生の弟子!絵本王子 さつき先生サイン会」
その文字を目で追い、頭でその言葉の意味を理解するのに時間がかかってしまった。
呆然と立ち尽くしていると、後ろのドアから、「あぁ!白くん、こっちにいたのかー?」と、キノシタが入室してきた。
「サプライズ!は、成功したかな?」
「どういう事ですか?」
「え、なんだって?」
白はゆっくりと後ろを振り返り、キノシタを見つめた。その瞳があまりにも鋭かったのか、キノシタはビクリとさせた後、体をすくませた。
「どういう事ですか?」
続けての言葉に、ビクビクしながらもキノシタは説明を始めた。
「僕のサイン会と一緒に君のサイン会もすれば、人もたくさんくるかなと思って。それに、僕の弟子と言えば白くんを知らない人もこれを機会にみてくれる人もきっといるだろう?いい話じゃないかなーと思ってね。あ、でもサプライズだったから、30人限定にしてあるから安心してくれたまえ。」
話ながら、得意気になってきたようで、ニコニコしたいつもの笑顔になっていた。
そこで、始めに戻るわけだ。
キノシタイチという先生には、いつも驚くことをされていたし、ため息をつきたくなる事もたくさんあった。
大切に作り続けたら作品を見せたら、その瞬間コーヒーを溢されたり、どこかに飲みに行こうと誘われ、待ち合わせに二時間遅刻してきたり。
いろいろな事をされたが、ここまで怒ったことなかった。
だが、今回は違った。
「キノシタ先生。僕は、サイン会とか人前に出るものは嫌だとお話しましたよね?仕事でも、断り続けていたんですよ!」
「それは知っていたが、チャンスじゃないかと思って。学生はもう知っている事だしな。いい機会じゃないか。」
「その時期を決めるのは僕自身だと思います。」
白は怒りに任せて強く切り捨てる。
だが、頭の中ではわかっていた。こうなっては断れない事を。
次の言葉が出ないキノシタをため息混じりで見つめた白は、もう諦めていた。自分の意思だけでも伝えた事をよしとするしかなかった。
「わからました。今回はお受けしますが、条件があります。」
「な、なんだろうか?」
「写真や動画で僕を撮るのを禁止にしてください。」
想像していたものより軽い条件だったのか、キノシタはほっとした表情で「それはわかっている!徹底する。」とすぐに返事をした。
「それと、次に絵本王子と呼んだら大学にはもう来ません。」
「わかった。約束する。」
「それと。」
「それと、、、?」
条件がまだあると知り、驚きながらもキノシタは白の次の言葉を待った。
その条件はキノシタにとっては簡単なものだったが、ある意味ではキツいものになってしまったのだった。