絵本王子と年上の私

　『さつき』それが、白のペンネームだった。
　白は大学に在学中に、絵本作家にデビューしていた。ある絵本大賞に応募したところ、晴れて大賞に選ばれたのだ。
　それが思った以上に有名な出版社だったのと、初の学生デビューということで、大学でも注目を浴びてしまったのだ。
　大学内を歩いているだけでジロジロと見られたり、知らない学生に声をかけられたり、「おめでとう！」と言われたりしていた。それがあまりの頻度で驚いていたが、もう１つ白を困惑させるものがあった。

　それが、「絵本王子」と呼ばれることだった。
　誰が呼び始めたのかわからない。だが、いつの間にかその呼び名が広がっており、白の耳に入った時には、もうほとんどがその言葉を口にしていたのだった。
　白がいくら否定してももう遅く、白は途中から諦めてしまった。白は、自分がなぜ王子と呼ばれるのか、よくわからなかった。童顔なのは自分でもわかっていたし、ヒトとの関わりも少しずつ慣れてきたが、絵の勉強やひとりの時間を作る事も多く、付き合いは良い方ではない。
　高校でも何人かに告白はされたことがあったが、絵本王子と呼ばれるようになってから、女子生徒に呼ばれて話をすることが、かなり多くなっていた。
それは、困ったことであったし、相手に泣かれてしまうとこちらもどうしていいかわからず、悲しくなっていた。そんな日が続いた頃に、はっきりと「片想いの人がいる。」と伝えるようにすると、告白される頻度は減ったのだ。

　大学を卒業してから約半年。
　『絵本王子』と呼ばれなくなってホッとしたのもつかの間。また、この場所でそう呼ばれるとは思っていなかった。キノシタの研究室に集まる後輩たちは、白が『絵本王子』と呼ばれるのを嫌がっているほで、そうは呼ばないようにしていたのだ。
　そのため、この場所ではまだ白の事を知っている学生が、『絵本王子』と呼ぶ女学生がたくさんいることを実感してしまったのだった。



　キノシタと話しをし、改めて自分のサイン会の事を出版社のスタッフに説明を受けていた。キノシタはしっかりと白のサイン会も伝えていたようで、こういう時は仕事に抜かりはない。
　そして、サイン会の部屋を出て研究室に向かうとおもっていた時だった。廊下で、小花とばったり会った。
　昨日の事があり、心花は少し気まずそうに１度目を背けたが、すぐに白にいつもの笑顔に戻り、「白先輩だ！おはようございます！」と、背中までの伸びたピンクの髪を揺らしながら、小走りで近寄ってきた。白に抱きつくことはしない。

　「おはよう、小花。いろいろ準備ありがとう。」
　「先輩へのサプライズ成功です！昨日見せたチラシは嘘だったんですよー。」
　「手が込んでるな。」
　「先輩を驚かせたかったから！それに、私は白先輩の絵本大好きで、デビュー作からずっとずっとファンだから。だから、知らない人にも知ってほしいって思ってる。」

　いつも明るく元気な小花だったが、最後の言葉はどこか真剣で、作品を作っている時に見るような、引き締まった目をしていた。　
　彼女ももう四年生。プロになるために、いろいろと考えるところもあるのだろう。
　自分の事を考えてくれる存在は、とてもありがたいと白は思っている。それは、しずくやキノシタ、小花たち後輩、そして出版社の人たちやファン。
　気持ちが伝わるからこそ、作品で返していきたいのだ。
　小花の気持ちをしっかりと感じとり、白は目を細めてニッコリと「ありがとう。」と、お礼を言った。

　「そして、昨日は急にあんな事を言って、ごめん。」
　あんな事とは、小花が白に抱きつくのをやめてほしいと話した事だ。小花はこの話になるのがわかっていたのか、表情は変わらなかった。
　「ずっと好きだった人と恋人になれたんですもん！先輩おめでとうございます！」
　「あぁ、ありがとう。」
　「何回も告白したから、先輩は私の気持ちわかってると思いますけど、そのー今は応援しています！」
　
　小花は大学に入学してすぐに白と知り合い、それから３年間で何回も白に告白していた。だが、いつも断られていた。それでも、先輩として慕ってくれていたのだ。白の気持ちは、揺るがないとしてもそうやって好意を向けてくれるのはやはり嬉しいもので、自信にもなっていた。
　絵本が発売されると嬉しそうに『買いました！』と報告してくれるのも、ありがたかった。
　だからこそ、彼女の態度を止められなかったのかもしれない。それを3年経った今になって止めた。それをすんなりと受け入れてくれた小花には「ありがとう。」としか、白は言えなかった。

　「でも、そんなにすぐには好きな気持ち変わらないですからね！まだ、好きなので、今日のサイン会行きますから！」
　そう言いながら、小さくてを振ってサイン会の会場に入って行った。
　そんな小花を苦い顔で見送りながら、彼女が準備してくれた初めてのサイン会に向けて、白は準備をし始めた。