絵本王子と年上の私
「やっと見つけました。先程からずっと電話してたのに。」
そう言いながら、白はしずくの隣に座った。大きめのベンチではないため、寄り添うように彼が座る。気まずくなりながらも、彼をみると額にうっすらと汗が滲んで、顔も少しだけ赤くなっていた。薄手のセーターも袖を巻くっており、白が必死になってこの人で溢れかえっている場所でしずくを探していたのがわかった。
いつもの白がすぐそこにいるのに、しずくは何故か他の誰が違う人のように感じてしまってきた。
自分では手の届かない、遠い憧れの存在に感じるのだ。
そんな人と隣に座っていいのか。自分に自信がなくて、視線はどんどん下に下がってしまう。
「しずくさん?」
そんな様子を見て、白は心配そうにつぶやき顔を除き込もうとした。
「ごめんなさい。僕が黙っていたことで、すごく悲しい思いをさせていますよね。自分勝手な理由で黙っていたので、、、。」
白は、酷く落ち込んでいるしずくの頭を撫でながらそう説明しようとしてくれた。
優しく問いかけるように話す彼は、子どもをあやしているようにも見えたが、白がしずくの態度に怒っていないようで少し安心した。
「白くん、あのね、、、。」
自分の複雑な気持ちを伝えようと、しずくが顔を上げた瞬間だった。
「ねーねー!あれって、絵本王子じゃない?」
「え、白先輩!?」
「きゃーー!卒業してから始めてみたー!かっこいいー!」
「王子ー!あ、でも女の人と一緒だよ?珍しくない?」
ある女子生徒が白の事を見つけたようで、声を挙げるとあっという間に人が人を呼び、ベンチの周りにはちょっとした人数が集まっていた。
どれも若い女の人で、しずくはあまりの迫力に固まってしまった。
「白くん、私と一緒じゃまずいんじゃないかな?」
「、、、こんなに人が集まるとは思ってなかったんですけど、、、。とりあえず、その場から離れましょう。」
そう小声で彼が言うと同時に、白はしずくの手を持って群集を避けるように反対側へと逃げた。
彼に着いていくだけで必死だったが、しずくは絵本だけは守ろうと片手で胸に押し付けて、懸命に走った。
しばらくすると、人が全くいない静な場所についた。そこには大きな木に囲まれた、建物がひとつあった。他の建物とは異なり、木像の古びた2階建ての建物だ。
白はポケットから鍵を取り出すと、その建物のドアを解錠し、「ここに入ってください。」としずくを促した。
白としずくが入ると、また鍵をかける。しばらく黙っていると、「あれー?いないよ?」 「この建物は、鍵かかってる!王子どこいったのー?」という、女の人の声が聞こえた。だが、この周辺に白が見当たらないとわかると、その声と足音は次第に遠退いていった。
「これで一安心ですね。中に入りましょう。」
「ここ入ってよかったの?」
「キノシタ先生の許可は貰ってるので大丈夫です。」
白はしずくの手をとると、しっかりと握りしめて、案内するようにゆっくりと歩き出した。
「わぁー!すごい本の数!それにステンドグラスも素敵!」
「ここは旧図書館なんです。あまり使われなくなった書籍が保管されていて、普段はあまり開放されてないんです。」
そのは、中央に、閲覧スペースのためにテーブルや椅子が置かれており、壁にはぎっしりと本棚が並べられている。まるでホールのような作りになっていた。入り口から真正面には色とりどりのステンドグラスがあり、そこからの光で本や図書館内を明るく染めてくれていた。その雰囲気がなんとも神秘的で、しずくは魅了されてしまっていた。
その様子を見て、嬉しそうに笑いながら「気に入ってくれましたか?僕のお気に入りの場所なんです。」と、教えてくれた。
しばらく、旧図書館を見学した後、白は閲覧スペースの端の席をしずくにすすめた。
そして、白は向かい側ではなく、手を繋いだまましずくの隣に座った。
「少し落ち着けましたか?」
「うん、、、いろいろごめんなさい。白くん、大人気だね。」
「そんなことないですよ。久しぶり見つけたのと、お祭り効果でテンションが上がってるだけです。」
白はそんな風に誤魔化していたが、女子生徒に人気があるということは事実だろう。
本人はあまり気にしていないようで、「それよりも、、、。」と話題を変えようとしていた。
「しずくさん。僕が絵本作家という仕事をしているのを黙っていて、すみませんでした。理由があって隠していたのですが、それによってしずくさんに心配かけたり、悲しい思いをさせてしまって。それでは、隠してた意味が全くなかったです。ほんとうにごめんなさい。」
白は、しずくの手をぎゅーっと強く握りしめながらそう謝った。彼の理由というのはとても気になるが、彼には悪気があって秘密にしていたわけではないと、しずくにはわかっていた。
白が謝る理由はきっとない。しずくは、そう思っていた。すべては、自分の気持ちの弱さのせいだと。
「白くん。白くんは悪くないの。私が悪いんだよ。」
「そんなことは、、。」
「、、、白くんがどんな仕事をしていたのか気になっていたのは確かだけどね。それを聞いて、白くんに拒否されてしまうのが、私は怖かったの。また、白くんを信じられてなかった。」
しずくは、泣きそうになりながらも、自分の気持ちを最後まで伝えるまでは泣けないと必死にこらえた。白は、しずくの気持ちを受け止めるようにずっと手を握り、話を聞いてくれる。
「それにね、さつき先生が白くんだってわかった時ね、どうして内緒にしてたのかな?っては思ってたけど、秘密にされて嫌だとは思わなかった。思った通りかもしれない、信用されてないのかなって。でも、それは白くんが何か理由があるって何となくわかってたの。、、、それよりもね、白くんがずっと遠い人に思えてしまって、切なくて。」
「しずくさん、、、。」
「大学に来て可愛い学生さんも沢山いて、半年前までここで白くんがいたんだと思うと、沢山告白されたんだろうなーとか。さっきも、絵本王子って呼ばれて追いかけられてたし、、、それだけでも嫌な気持ちになったのに、さつき先生っていう有名人だったってわかったから、自分には釣り合わない遠い憧れの存在にみえて。知らない人に嫉妬ばっかりするし、自分には釣り合わないって思うしで、、、、っ、、、。」
白に自分の気持ちを伝えていたら、いつの間にか思いが溢れすぎて、次から次へと醜い言葉が口からこぼれていた。そんな自分を見てもらいたくないはずなのに、しずくは気持ちが押さえられなくて、話しつづけてしまった。
それを止めたのは、白の口づけだった。