星降る夜はその腕の中で─「先生…私のこと、好きですか?」

 暗い瞼の裏を見つめてしばらく時が経った。
 長く感じられたけれど、本当は数秒だったのかもしれない。

 不意に眼の前が明るくなる。

 私は恐る恐るゆっくりと眼を開けた。


 先生は壁から離した手をポケットに入れ、私から少し距離を取って正面から私を見遣っていた。


「嘘。んなわけないだろ」


 先生がにやりとする。
 いたずらっ子みたいに。


(え…)


「分かんないよなぁ。お嬢さん学校育ちのお子様には。

 俺だから良かったけどさ、あんまり男、可愛いとか思ってんなよ?
 お前みたいなお嬢、大学なんか入ったらあっという間に悪い男に喰われるぞ」


 そう言って先生は落ちたメモを拾って私の手の中に押し込み、それからくるりと背を向けてデスクの上を片付け始める。


 先生のグレーのパーカーの背中が不意にぼやける。


 私、泣いてるの…?

 なんでだろう?

 怖いの?寂しいの?切ないの?

 モザイクみたいに複雑で自分でも捉えどころのない気持ち…


 思わず私は先生の背中に抱き付いた。

 先生が驚いて振り返る。


「ごめん!怖かったか?」


 怖かったわけじゃない、多分。

 名前の付けられないこの感じ。

 なんだろう?

 自分さえも分からない、ただ胸の奥がきゅっと痛くて苦しくなる感じ…


 込み上げた涙が瞳に滲んで、私は先生のパーカーのフードに額を押し当てた。

 先生のお腹に廻した私の手を先生が握ってくれる。

 先生はしばらくそのままそうしててくれた。
< 110 / 316 >

この作品をシェア

pagetop