星降る夜はその腕の中で─「先生…私のこと、好きですか?」
キャリーバッグを引いて歩く朝の駅。
俺は今朝早くの電車で東京からこの街に来た。
今春大学を卒業し、これからこの街にある女子校で英語教師としてスタートを切る。
桜の季節。
円安機運も高まりこの街にも外国人観光客がちらほら見られる。
(あれ?)
ふと気付くといかにも東洋人らしい黒髪の女の子が観光客らしい大柄な外国人二人相手に電車の乗り場を案内しているようだ。
が。
(オーストラリアンか。あの子、分かるかな?)
オーストラリア訛りに思わず足を止める。
案の定、彼女は答えに窮している。
分かるのに見て見ぬふりは出来ない。
俺はそちらに足を向ける。
「May I help you?」
「Oh!」
俺が声を掛けると二人組は嬉しそうに下車予定の駅にラピッドが停まるのかとか、「Ekiben」を食べてみたいけれどその駅で売っているのかとか訊ねてきた。
俺は行ったことのない駅だけれど、日本の駅の大体の感覚でそれらに答え、彼らを見送った。
さて。
俺の後ろには取り残されている女の子ひとり。
俺は彼女を振り返る。
黒髪、白肌、黒い瞳。
(高校生…だな)
デニムシャツにカーディガン、膝上丈のフレアスカート。
ナチュラルな眉と粗のない肌からメイクが無縁なのが分かる。
今どきの高校生にしては少し地味な女の子。
でも分からないオーストラリア訛りに果敢に挑む様子は…
(グッジョブだよ)
彼女の勇気を称えたくて話し掛ける。
「君、いいね」
彼女は瞳を見開き、俺を見上げる。
若々しい穢れのない瞳。
「彼らのはオーストラリア訛りだね。分かんなくてもしょうがないよ、日本の学校では聞き慣れないから」
その瞳に釣られてつい日本の英語教育について熱烈に語りそうになってしまった瞬間、
「ありがとうございました!失礼します!」
と言うが早いか一礼して、改札口へと駆け出して行く。
「えっ、あぁ、うん…」
その素早さに気圧されて、髪をなびかせて走る後ろ姿を見送る。
「ふふっ」
彼女の姿が改札の向こうへと消えると俺は思わず吹き出した。
「…面白い子」
この街にはあんな高校生がいるんだ。
分からなくても理解してあげたい、応えてあげたいと言葉に真摯に向き合える子。
俺の目指してることがこの街にはあるかもしれない。
(幸先良いな)
俺はキャリーバッグを引いて再び歩き出した。
* * *