星降る夜はその腕の中で─「先生…私のこと、好きですか?」
「先生…?」
マフラーにほんのりと香る移り香にふと過去の記憶に陶酔していた俺は、背中に呼び掛けられてはっとする。
「あ…ごめん。ぼーっとしてた」
不思議そうに見つめる南条に慌てて微笑む。
「帰ろうか」
部屋の電気を消して廊下に出る。
ふたりで夕暮れの廊下を歩く時、年甲斐もなく心が躍る。
「先生、具合でも悪かった?大丈夫?」
南条が顔を覗き込む。
その綺麗な瞳にドキリとする。
(…あんまり大丈夫じゃ、ないけどな)
大丈夫じゃないと言ったら君は困るだろうか?
本当の気持ちを言ってしまったら君は困るだろうか?
だって今の俺はあの夏の日以上に君のことが─
「大丈夫。何でもないよ」
君に嘘を吐く。
君は気付いているだろうか?
どんなにか俺が君を想っているかということを。
生徒としてとか、妹としてとか、そんな枠じゃ飽きたらないくらい俺が欲張りになってしまっていることを。
そして君は言う。
『先生やっぱり私、妹でいたいな』
『兄と妹』なんて、いつか君が大人になったらそれぞれの道を生きていかねばならない関係じゃなくて。
出来ることならそれ以上…
『だって妹じゃなくて、先生と私が『先生』と『生徒』なだけだったら…
私が卒業しちゃったら先生と私を繋ぐもの何にもなくなっちゃうもん』
知ってか知らずか、でも君には『それ以上』なんて選択肢は端から存在してないんだろう。
「先生」
君は艶やかな髪をふわりと揺らして振り返る。
「塾、英語は申し込まないから、また難しいとこ先生に聞きに行くね?」
「…あぁ。いつでも」
本当の気持ちを言ってしまったら君は困るだろうか?
俺が教師である以上、君が生徒である限り、決して口に出すことの出来ない想い。
真面目な君のことだ。
口に出してしまったら、もうきっと俺に逢いには来ないだろう。
何も知らず君は無邪気に微笑む。
そして俺は何事もないように君に微笑み返した。
* * *