星降る夜はその腕の中で─「先生…私のこと、好きですか?」
 9月も半ばを過ぎ、激しい暑さも次第に和らいできた頃。

 職員室で仕事をしていると、時々南条が村田先生を訪ねて来るのを眼にするようになった。


 あの夏休みの件で南条の進路指導から外されて以来、俺は未だ南条に声を掛けることはおろか、眼も合わせられずにいた。


『南条の夢を一緒に探す』


 そう豪語したにもかかわらず、指導からあっさり手を退き、しかも英語準備室に逢いに来た南条を真っ向拒否してしまった。


 弱くて情けない本当の俺を知ったら軽蔑されるんじゃないかと思うと怖かった。


 ある放課後の、窓に夕暮れのオレンジ色が映る頃。

 職員室でテストの採点をしていると、ふと正面から人の気配と視線を感じた。


 顔を上げるとそれは南条だった。


 南条は少し離れたドアの所に立ってこちらを見ていた。


(あ…)


 久しぶりに眼が合った。

 漆黒の瞳に胸が高鳴る。


 けれど…

 その無垢な瞳が俺を許さないんじゃないか─

 同時にそんな不安も黒雲のように胸に押し寄せる。


 俺はそれ以上眼を合わせていることが出来ず、再びデスクの上に視線を下ろした。

 南条が職員室の奥に向かっていくのを眼の端で捕らえる。
 俺の席からは振り返らなくては見えないけれど、きっと村田先生の所だ。


 村田先生への羨望、嫉妬。

 南条は村田先生と俺、どっちが信頼できると思ってるんだろう…

 やっぱりベテランで経験値の高い村田先生だろうか。

 南条は村田先生のこと…


 胸の中を渦巻く重苦しくみっともない痛みに胸が焦がされる。


 手元の答案用紙に採点を続けるけれど、意識は斜め後方の南条と村田先生にほぼほぼ集中してしまう。

 ここに二人の声は届かない。

 どんな話してるの?

 進路、結局どうしたんだろう…

 胸がざわつく。


 不意に

「せんせ…」

 南条のか細い声が聞こえた。

 はっとして顔を上げると、南条が村田先生に腕を捕られて出入口に向かっているのが見えた。


 ドキン、と胸が大きく鼓動する。


 出来ることなら駆け寄って奪い取りたい、という衝動。

 でも分かっている。

 そんなこと出来る権利は俺にはないことを…


 二人が職員室を出てカタンと音がしてドアが閉まった。



『南条のために力になりたい。俺に協力させてくれる?』


『俺に立ち会わせて?
 南条が自分の大切なものを見付ける瞬間を』


 南条…

 南条!


 この時俺は初めて自覚するんだ。


 あぁ、俺は今、君を

 愛している─


 それは師弟愛なのか兄妹愛なのか、はたまた何か別の物なのかは分からない。


 けど、何にせよこの想いは確かに君への『愛』だと思った。
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