星降る夜はその腕の中で─「先生…私のこと、好きですか?」
 村田先生の傍らで立ち竦む南条の小さく握り締められた手に自分の手を伸ばそうとした時、


「…私」


南条が呟いた。



「私…


 東京の大学に行きます。

 東京の外国語大学の英語学科で言語の変遷について研究します」


「!」



『ねぇ、先生。その研究の話、聞かせて?』


 夏休みの英語準備室で、夜になるまで研究の話をして過ごしたあの日。

 俺の隣で星が瞬くような瞳で見つめてくる南条が、今も鮮やかに蘇る。

 若々しく穢れのない輝き。

 希望に満ちて真っ直ぐな瞳。


「東京の外国語大学の英語学科…」

 村田先生が俺に眼を向ける。

「私の母校です」

 俺が答えると、先生は南条に視線を戻した。


「親御さんは了承するのか?」


「します!させてみせます!」


 南条の声は凛としていた。
 一分の迷いもないように。


 村田先生が大きく溜め息を吐く。

 そして─


「初原先生」

「…はい」

「南条の指導、頼みます」

「え…」

「岩瀬先生には俺から話しておくから。」

「は、はい!」

「村田先生!」

 俺の上擦る返事に南条の声が被る。


「ここまで毒されてたら俺の手には負えねぇよ」

 村田先生は溜め息混じりにそう言い残して、階段を降りて行った。

 村田先生の足音が遠ざかる。


 いつしか窓の外は暮れ、廊下は静けさに満たされていた。

 外から忍び込む木々の枝葉が風に揺すられる音に重なって幽かに南条の呼吸が聞こえるほどに。


「ごめん、南条」

 静寂の中に俺の声が響く。


「先生…」


「もう…離さないから」


「先生…!!」


 南条の両手を取り、小さく震えるそれをしっかりと握り締める。


(ごめん…弱い俺で。
 でももう、逃げないから。南条の傍で一緒に夢を叶えられる強い俺でいるから)


 彼女の無垢な瞳に誓うようにしっかりと見つめる。

 熱い光を帯びた、漆黒の瞳。


 静けさがこの地球上にふたりきりになってしまったような錯覚を起こさせ、時を忘れて瞳を見交わす。


 南条ありがとう…

 俺の傍に帰ってきてくれて。


 もう離さない。

 君を、

 愛してる。


 君は俺の希望。
 君は俺の一条の光─


 窓の外には秋の始めのひやりとした風が舞う。

 でも俺たちは今、間違いなくさっきまでより温かな光に照らされている。


 君の未来が煌々たるものであるように。

 その一翼を担えるように、俺は君への精一杯の愛で包みたいと思ったんだ─

       *   *   *
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